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付喪夜話・殺戮謳歌 藍坂陽王城の閑話休題

 久々になんとなく書いてみた。
 ……でも全然繋がり無い。





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「つまり、お前はこういいたいわけだね。――医者はどこだ、と」
 路地裏は積み上げられた塵と、澱んだ汚水と、こびり付いた汚れに満ちていた。見上げれば断崖のようなビルとビルの狭間、1mにも届くかどうかの狭苦しいスペースには、街の通りには決して漏れない汚濁の気配が満ち、並ぶ室外機の蒸し暑い熱風で攪拌されている。
「うん、まあなんだ。僕としてもお前をこんな不幸な目に遭わせた責任がある以上、偉そうな事は言えないけれど、胸のうちを率直に言葉にすればだね、もう手遅れだ諦めろ、ということになるな」
 振り上げた靴底が、重く硬いものを砕いて、柔らかく水気たっぷりの中身を撒き散らす音を立てる。頬まで飛んだ飛沫をハンカチでぬぐい、面倒臭そうにそれを路地裏の塵の一番上にほうり捨て、藍坂陽王城(アイサカ・ヒオウギ)は深く静かにため息をついた。
 そしてすぐに、こんな悪臭に満ちた場所で大きく息をしたことを後悔する。
「ああもう、まったく。理不尽だね」
 なお惨めにしがみ付いてくる人間の死体の――ついさっきまでは生きて動いて話していたが――右半分をつま先で蹴転がして、陽王城はぽつりと独白した。
 路地裏には、あちこちで――そこらじゅうで人が死んでいた。
 複数という意味ではない。死んでいるのは一人だけだ。藍坂陽王城は、一日に一人しか殺さない。
 一人の人間が路地のあちこちで死んでいるという意味合い。つまりは原形を留めないほどに粉々に砕かれてそこらじゅうに転がっている、という程度の状況を示す。
 そんな状態だから、陽王城の濃灰のスーツはもう壊滅的なまでに汚れていた。色が濃い、というのはまだ汚れを目立たせない一助にはなるだろうが、そんなものはもう無関係なくらいに、徹底的に汚れていた。人間というものの身体は、その80%が水分だというから、こうやって細かくすればするほどどうしようもないくらいに、水物なのだということを思い知る。
 そんなことはいまさら確認するまでもなく、陽王城も熟知していることだった。生まれてこのかた二十二年になるが、物心付いて以来一度たりとも、一日一殺を欠かしたことのない、礼儀正しい殺人鬼――それが陽王城のささやかなプライドでもある。
「参ったな、帰れやしないよこれじゃ」
 返り血や、その他の液体や、細かく散った肉片などで凄惨極まりなく汚れた己の格好を見下ろして、陽王城は頭をかいた。空前の大不況と共に世が荒み、通り魔傷害が毎日のように騒がれる昨今でも、いくらなんでも『ちょっとそこで一人殺って来ました』とばかりに繁華街を闊歩する青年を、世界の各国と比すれば非常に有能で勤勉で真面目な官憲が『ああ大変だねえ、頑張りな』と笑って見過ごしてくれるとは思えない。
 ……その程度には、藍坂陽王城は常識人である。
 およそ世の道理でもっとも思いとされる殺人を、日常のように犯して回って常識も何もないものだろうと陽王城自身も思うが、それを抜きにしてもこの世界、否、この業界、少々エキセントリックな人材が多すぎる。
 まるでそうでなければ人を殺してはならないと言わんばかりに、名の知れた連中が常軌を逸し正気を逸しているのを、陽王城はあまり快く思ってはいない。人殺しとはもっと地に足の着いた、泥臭いものであるべきだという、それが陽王城の心情である。
 もっとも、系譜に名を計上している連中が、殺人鬼などという単純な括りでまとめられるようなものかどうかは、また別の議論だ。殺人を常とするほど狂っている――と言えるのは、その相手を人として見、測っているがゆえの発想。たとえば文字通りを通り越して、“生態として息を吸うように人を殺す生物”は、殺人鬼と呼べるかはなはだ疑問であると主張する者もいる。
 ともあれ、いまはそんなことよりもこの服だ。
「代えの服なんてあるわけないしなぁ……」
 陽王城はほぼ手ぶらでここにやってきたし、そうでなくともわざわざ予備のスーツを持ち歩くほど酔狂でもない。路地裏にいる――あるいはいた――目の前の人間、あるいは元人間も、もはや服と呼ぶのもおこがましいくらいの残骸になった布切れを、かろうじて腕と足に絡み付けている程度。さすがにそれに比べれば、まだ陽王城のスーツのほうが人前に出るにはましだが、それは要するに溺死と衰弱死どっちがマシかと言う議論のレベルで、そもそも死にたくない人間には意味のない選択肢である。
 せめて、今日の格好が一張羅ではなかったことを安堵すべきかと、陽王城が微妙に的の外れたことを考えていた時だった。
「ぅ」
 短い呻きに、陽王城はその場で振り返る。
「ああなんだ、目が覚めたかい? 申し訳ないね無粋な真似をして。ちょっとばかりご容赦願ったよ。横取りまあ君にしてみれば降って沸いた災難、青天の霹靂なんだろうけれど、僕にもそれなりに事情があってね」
 日課が、今日の日課がまだだったのだ。
 一日一殺――殺人鬼・藍坂陽王城がむねとするささやかな日常を、もう少しで失うところだった。だから、
 だから、まあ、勘弁して欲しいと。陽王城は心からの謝罪を口にする。いまいち誠意がないなと自分でも思いはしたが、こればかりはしょうがないだろう。人殺しがごめんで済まされないのは、死んだ人間が生き返りはしないからだ。
「――そうだな、君はレミンシュッツ反射って知ってるかい。視覚と聴覚が認識していることと、今しなきゃいけないと脳が考えていることの優先順位を取り違えることで、これを自覚しながら行う場合には神経症の用語なんだけどね、まあ嘘だけど」
 喋る事はどうでもよかった。
 少しでも舌が動いていれば、それでいい。
「うん、別に君でもよかったんだ。誰でも。たださ、しょうがないじゃないか。こんなに遅くなるのに、君がちょっとお化粧直しになんて言うから――そりゃあ、双樹しかいなくなるだろう?」
 踏み潰した実の息子の死体を見下ろして、陽王城は肩を竦める。
 その向こうでへたり込み、驚愕に目を見開いて絶句する妻は、もはやまともにしゃべれる状態にはなさそうだった。
「家族サービスで張り切りすぎたのが良くなかったかな。君はほら、ずっと前から僕が仕事にかかり切りで、双樹が生まれてからも休日にも家族を省みないというのが大層不満だったようだけど、仕方ないことだったのさ。だって、一日中君たちが離してくれなければ、どっちかしか殺せないじゃないか。判るだろう? 僕だって焦るさ。あと数分で今日が終わってしまうというときに、いまさら新しい相手を探している暇はないよ」
 ふう、ともう一度、大仰に両手を広げ、参ったものだとジェスチャーをして――もう会話のなりたたなそうな妻への配慮だ――陽王城は続ける。
「ああ。勘違いしないでくれると嬉しい。僕は君と双樹を愛していたよ? 天地神明に誓って、心から愛していたとも。君は息子を殺しておいてなんだと言いたいかも知れないが、それは真実、本当だ。だってこれまで僕は上手くやってきていたろう? その証拠に君は今そんなに驚いて脅えている。僕がそんなことをするなんて信じられない、と、まあまだ心の何割かは思ってくれているのじゃないかな。だからほら、それが僕の愛だ。君たちにとって、良き人間であろうとした僕の愛だよ。殺人鬼であり続けるためにも、君たちに気づかれないようにね、毎日毎日苦労して、工夫に工夫を重ねてがんばってきたのになあ。ああ。残念だ。残念だよ」
 すう、と伸ばした手で、陽王城は妻の首を掴む。そのゆっくりとした動作は、まるでいとしい相手を抱きしめるようで、めきめきと万力めいて骨を軋ませ喉を握り潰し始めるまで、妻はそれに気づかなかった。
 宙に吊り上げられた妻は、陽王城の手を振りほどこうともがき、暴れ、声にならぬまま必死の形相で喚く。それを見て、ああ醜いなあと陽王城は呟いた。
「うん、もし君が僕の本性を見て、それでも僕を愛してくれるならそれでもいいんだけどね。僕の偏見だと君はそんなに出来た女じゃないだろうし。まあ望みがないじゃないだろうとは思うけど。ほら」
 陽王城の指に爪を立て、白目をむいて泡を吹き、痙攣する妻の眼前に、腕時計の文字盤を示して陽王城は言う。
「――ほら、ちょうど0時なんだよね」


(終)




 何も考えずに書くとこうなるといういい見本。ほぼ名前の出落ちという酷いキャラの陽王城ですが、まあたぶん個性薄いし一発キャラでしょう。私の書く話だとこういう周囲の状況に流される殺し屋って多いですね。引き出しの狭さが露呈してます。
 なお陽王城の名前は昔通ってた蕎麦屋さんの名前が元ネタ。そこの箸袋にひらがなで『ひおうぎ』って書いてありましてね、どこの北斗神拳継承者かとそばつゆ吹いたのを思い出します。

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