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屑鉄の冒険者

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 麗しの百万都、世界最大の王国、“偉大なる”リタニアをはるか遠くに望む、“始まりの街”アリザーン。英雄ポドロフの冒険譚より200年を過ぎた今でもなお、多くの若者達はこの地に集い、まだ見ぬ未来を胸に夢へと挑んでゆく。
 はるか東へと続く長い長いレンガ路を歩いて、その果てを目指す旅路へと。
 仲間の斡旋や武器を並べる、珍しい魔物の角や毛皮を取引する両替所、魔法のスクロールに刻印を売る学院の出張所。そんな活気に賑わう通りの西の端。
 ガラの悪い悪党どもがひしめいて酒を浴びる宵闇街、その片隅の裏路地は、屑鉄路地と呼ばれている。

 ここは、冒険を挫折し、けれどどこにも戻ることができない人達が夢の残骸にすがりついて集まる場所だ。

 ぼろぼろの羊皮紙を睨みながら、ひとまずその中身には満足したのか、その男のひとは私の前にちゃりん、と銅貨を撒いた。
「ありがとぉございますー」
「ふん。このことは誰にも話すなよ。お前等なんかの手を借りたって知られたらリーダーに何言われるか分かったもんじゃないからな」
 渡された代金は相場よりも何枚か少なかったけれど、それを口にしても殴られるか蹴とばされるだけなので、にこにこと笑顔で答える。
「はぁいー」
 わたしは頭を下げて、足早に去ってゆくそのひとの後ろ姿を見送った。
 真新しい上に大きさもぴったりの鎖帷子は、は通りの外に出ると、お日様の光に照らされてまぶしいくらい。
「なんだ、あいつ。気にいらねえ」
 わたしが目を細めていると、酒瓶をぐびっとあおって、ジラッドさんが臭いげっぷと共に吐き捨てた。眠ってると思ってたのに、いつのまに目を覚ましてたんだろう。
「なんだか、最近頑張ってるパーティーの盗賊さんですよー。なんでも、リーダーのひとがミストリアの聖騎士の従士さんなんだそうですー。この前も貴族のお姫様をたすけたとかで、たくさんお金を貰ったそうですよー」
「けっ、それで俺等みたいな連中と付き合ってるの知られたくねえってのか。ふざけんな。これだからお坊ちゃまはよ!! ……汚れ仕事ひとつできねえで盗賊が勤まるかよ。なあオイ!?」
「うるッッせえぞ、酔っ払い!!」
「尻に響く、静かにしやがれっ!!」
 ジラッドさんの声に、たちまち返ってくる罵声に怒声。
 その大半は、路地の隅に積まれた木箱の向こうから。シリスちゃんがお相手をしているお客さん達からだった。
「ッるっせえのはテメエ等だっ!! 昼間っから盛りやがってよ!!」
「お前ぇのだみ声が響いてっと立つものも立たねえってんだよ、畜生!!」
 とうとう奥から石まで飛んできて、ジラッドさんは仕方なしに黙り込んだ。これ以上怒鳴りあってると本当に喧嘩になってしまうことにきづいたみたいだった。
 ジラッドさんは、お酒を飲んでいれば威勢はいいけれど、腕はからっきしの臆病モノなのだ。そのくせ口だけは大きいので、ものすごく不機嫌そうな顔でまたお酒を口に。
「……っざけんな変態ども。よくもあんなガキ相手にできるもんだぜ」
「あはは。シリスちゃん、黙ってると可愛いですからねー」
 もと侍祭のシリスちゃんは、今日も知らない男の人たちと路地裏に入りこんで、かみさまにはお許しのもらえていないえっちなお仕事をしている。病気でいろいろ頭がおかしなふうになっちゃってはいるけれど、実はこのあたりでも一番の稼ぎ頭なのだという。
「ったくよ。お前もよ、あんな奴等に尻尾振って馬鹿にされるぐらいなら身体売った方が早いんじゃねえの?」
「あははー。ですねー、でも」
 ぺしぺしと、右足を――正確には右足のあったところの付け根を叩いて、笑う。 
「わたしはこの通り、五体不満足なのでー。その気になっても冷めちゃうって怒られてしまいましたー。これでも脱ぐとわたし、いろいろすごいのでー。矢傷とか火傷の跡とかー。お客さんに目、瞑っててくださいって言うのも理不尽かなー、とー」
「ち。……じゃあいちいち小綺麗にするのもやめろってんだよ」
 ジラッドさんは、わたしが情報屋で稼いだお金のほとんどを使って水を買っていることに文句を言う。まだ傷のいくつかが腫れたまま治りきっていなくて、ちょっと油断すると膿とかであっという間に汚れる身体を洗うためなのだけど、なんど説明してもお酒が頭の中で古い酒樽みたいに醗酵してるジラッドさんにはわかってもらえない。
 ちょっと、さびしいものだ。
「わたし、確かに薄汚い浮浪のカタワ娘ですがー。いちおー、年頃の女の子のはしっこの隅のほうにこっそりと居る身としては、最低限の身だしなみは必要なのだと思いますー」
「ったくよぉ。やってらんね。そんだけありゃどれだけ食っていけると思ってんだよ、なあオイ?」
「あはは、こればかりは譲れない一線ですのでー」
 シリスちゃんのようにお客さんを取る勇気もないし。
 わたしみたいな、役にも立たないで錆び続ける屑鉄には、こんな生活が、きっとちょうどいいのだ。
 ――うん。きっと。



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