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付喪夜話・早春賦

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「ぜんたい、ひととはそういうものだよ、菫。おのれが孤独でいることが寂しくてたまらぬから、寄り添って生きようと足掻くものさ。……我思う故に我有りとデカルトは言ったけれどね。僕はそうは思わない。僕がここで生きて在るのは、そこにそうして君がいるからだ。
 彼想う故に我有り――だから君。これから何が起きようと、どれだけ僕たちが遠く離れ離れになろうと、どうか僕をかならず想ってくれたまえよ」


 思えば、なんと傲慢なまでの台詞だったのだろう。
 僕が伏倉字子と出会ったのは、15の春。東北の片田舎から親元を離れて電車を乗り継ぎ、遥々とやってきた古都の一角。かつての僕の故郷を征伐した侵略軍を率いた総大将が、百年以上にも渡ってその陣幕を張り続けた土地でのことだった。
 古びた木造3階建ての校舎の南、ぎしぎしと軋む廊下の突き当たり。
 およそここ50年、誰も好んで入り浸ったことのないような黴臭い図書室に、なぜ僕が足を向けたのかといえば、僕が並外れて人付き合いが苦手だったからに他ならない。
 中学時代の僕の母校は、酷く閉鎖的で排他的で、4年前の県大会の準決勝に勝ち残ったことが自慢の野球部と夏になれば校舎裏を埋め尽くすような蝉の抜け殻くらいしか見るもののない場所だった。クラスメイトどころか学年全員の8割以上が顔馴染みの幼馴染み。幼稚園の仲良しこよし組がそのまま10年、齢をとったような人間関係に、僕はつくづく辟易していたものだ。
 憂鬱なまでの半年間が僕の身体に染み付かせた習慣は、晴れの入学式を経てもなお抜けず、僕を放課後の図書室へと追いやっていた。
 そこで――彼は、僕を待っていた。

「やあ、来たね。」

 恐らくはこの図書室でも最も価値のあるであろう、分厚く埃の積もった郷土資料をずらりと並べた書架に、誰の眼も憚らずに堂々と腰掛け、足を投げ出して。薄い四角のレンズの向こうから、光のない瞳孔が僕を見下ろして笑った。

「君であれば良いと思っていたけれど、まさかほんとうにそうなるとはね。僕の勘も中々捨てたものではないようだ。よろしく、西藤菫くん」

 窮屈すぎるほどにぴっちりと止められた詰襟の上から、白く艶かしい首筋がすらりと覗く。
 まるで蝋細工のような細い指先開き、掌をついと上に向けて。まるで御伽噺の姫君でも迎えに来た王子のように、伏倉字子は僕の名を呼んだ。
 僕はと言えば、まるきり意表を付かれたまま言葉を発することもできずに、ただぼんやりと字子を――この時はまだその名前すら知らなかったのだが――見上げているばかりだった。
 4月の初旬の、まだ幾分と冷たい風が、ほんのわずかに白い花弁を張り付かせる桜の枝から、ぱらぱらと白い欠片をもぎ取ってゆく。
 そして僕は、この瞬間に――目の前の誰ともつかぬ美しい少年に恋をしてしまっていたのだ。



(続く。)

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