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スキマ妖怪・八雲紫について

 八雲紫についての幻想郷における立場について思いついたことのまとめ。
 ツイッターでつぶやいた事を整理して記録する。

 八雲紫は幻想郷を作る中心人物であり、その立ち位置を論ずるのは難しい所だけど、いわゆる天魔とか大天狗、河童の長、龍神なんかが東方に出てこないのは結局のところ幻想郷の秩序を保っている存在はそんなに軽々しいものじゃないというイメージがある。閻魔様だってこれまでに1回だけ顔見せただけだ。
 彼女強力な妖怪であろうけど、独力でなにもかも支配してる感じじゃなく、あくまで大きな勢力と勢力、力と力の「スキマ」にあまねく存在する存在で、どの勢力も無視できないし捕まえられないし従えられない、ジョーカーみたいな強さなんじゃないかなと思わなくもない。
 ……境界を自在に操るということは、複数の物事がある時にその力が顕れる。複数勢力があればその間を自在に操って好き放題できるってことだけど、逆に言えば単独勢力(一つしかないので境界が存在しえない)と立ち向かうには無力なのではないかという説を思いついた。
 つまり、八雲紫がその力を最大限に発揮するのは、2つ以上の勢力が接している「境界」が存在しうる時であり、彼女のスペックが最も発揮されるのはこれら複数勢力のいずれにも属さない、勢力の狭間(スキマ)に立ったときである。
 とするなら、忘れられた幻想=妖怪の楽園である幻想郷に人間を呼び込み、人間と妖怪の対立構図を作ったのはこの「人妖の境界」を作るためだったのではないか? 以前から複数の勢力を幻想郷に招いているのは、定期的に新たな境界を作って幻想郷が安定しないようにしているというのがなんとなく頭にあったけど、この行為は幻想郷の新陳代謝の他に、新しい物事の境界を作るためなのではないか。心綺楼の宗教対立もその流れなのだろう。
 ……一方で、現在の人妖の対立が徐々に形骸的なものになっている幻想郷では、紫はかつてほどの力を持たないのかもしれない。だから明確な対立として月面との戦争が必要だったとも考えることができる。

 さて、人妖の対立がなくなってきてる原因(おそらく)の一つに幻想郷縁起がある。彼女は実際に現在の幻想郷の人と妖怪の在り方が変わってきていることを感じている。そう考えると阿求の存在は紫には邪魔なのだろうか? 実際には紫は彼女を後援している節がある。書いてるものを検閲もしてるけど、御阿礼の子というシステムを危険視したり管理したりといった描写を読みとることはできない……ように思う。
 全体の流れとして、いまの幻想郷は多くの勢力の乱立によって、同時に相互理解がゆっくり進んでいるように思える。こうして最終的に各妖怪・人間の無数の勢力間で均衡が成立し、動的な安定が完成すると、同時に紫も徐々に力を失って、管理者ではなくただの一妖怪になるのかもしれない。
 しかし、そう考えてみると、仮に幻想郷が他の世界から攻められて、それに対して幻想郷の皆が一致団結して立ち向かう流れになると、この時もっとも大きな「外と中の境界」が生じ、紫の力は一番大きくなるのではないかと推測できる。つまり、外の世界と幻想郷を結界で隔てて境界を作ったことで、紫は同時に抑止力的な力を得たのだ。幻想郷が平穏なら彼女の力は不要であり穏やかに眠り、そうでなければ対立をコントロールするほどの大きな力を得ることができるのである。

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