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【東方断片】若狭尼御前物怪録

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「……あなたの御父上が後ろ盾とされた、美福門院藤原得子……あれはな、狐じゃよ」
「狐?」
 まさか。鳥羽院の寵愛篤き彼女が、妖狐だと言うのか。
「大陸にてかの殷王朝を滅ぼした千年狐狸精……妲己。人の世の権勢を享楽を吸い尽くすことを好み、名君を零落させることを何よりの悦びとする、邪淫姦婦よ。儂らは玉藻御前などと呼んでおるがの」
「……では、あの騒乱は皆、かの狐の手によるものと?」
「遠因となったのはあの女であろうさ。儂ら狸も化生のものとして多く、人の世に残らんと奔走したが――治天の君たる院殿まで入り込む事は叶わなんだ。陰陽寮は当代の陰陽頭、“指神子”安倍泰親……かの晴明(はるあきら)以来の予見の君であった。その見識を欺くの至難じゃったからな」
「狸も狐も同じ化生ではありませんか。狐にできて貴方がたにできなかった道理はないでしょう」
「安倍の母御の血筋は葛葉御前……葛葉森の狐故な、かの者達の系譜は狐にだけは鼻が効かぬのよ。時の藤原長者の娘御とて、狐だと知っておれば、すぐに叩きだしておったろうがの」




 若狭尼御前こと二条院讃岐。三位入道源頼政の息女であり、若くして二条院の内裏女房として出仕、二条帝崩御の後は九条兼実家女房として九条家を切り盛りし、後鳥羽帝の中宮となった宜秋門院九条任子を送りだした。
 晩年には若狭国の地頭であった宮内大輔重頼の妻となり、重頼の死後は若狭国宮川保の地頭職を継いだとされる。
 時は承久の乱前後、若狭尼御前と呼ばれるようになった彼女のもとを訪れた藤流団三郎ことマミゾウが、かつての京に跋扈していた妖怪達の話を聞かせるお話。……の断片。

 色々な事情でお蔵入り。

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