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【雑考】式の藍と式の式の橙

 以前にツイッターで書き散らかしたことのまとめ直し。





 藍がどうして橙を式に選んでいるのかについてちょっと考えてみる。

 まず、大前提として幻想郷に限らず強力な妖怪ほど自由に動けなくなるという設定がある。紫の冬眠や永琳が本気を出さなかったりするあたりがそのあらわれで、長く生き力を蓄えた妖怪ほど、その方向性や個性が強く固定され、それゆえに自由きままに動けなくなる……受け身となり、積極的な行動に出なくなる。
 逆説的にレミリアは強大な力を持ちながら非常に子供っぽく興味のままに動くので、他の妖怪たちからは厄介だと思われていると、そんな理解。

 さて、紫は冬眠等で動けない場合に自分の補佐・代理をさせるために藍を式にしている。では藍はどうして橙を式にしているのか。
 藍は橙を式として呼ぶことはあれど、積極的に橙に自分の補佐をさせたり、仕事を任せたりしている様子はあまり見受けられないように思う。橙をマヨヒガに置いていることがそれなりの役目の一環なのかとも考えられるが、それも積極的に何かを調べたりという側面は薄い。
 式はプログラムであり、その機能を全開にすれば式は主と同等の性能を持つという設定から、別に式を打たれる側は、その式の機能に耐えられるスペックさえ満たしていれば(最適な式のセッティングなどの手間はあるとしても)、決して特定の個人限定である必要はないのではないか。
 要するに、橙でなくてもミスティアやリグルあたりでも特に問題なく藍の式になれるのではないかということだ。もっとも、さすがに実力が違いすぎる妖怪や、冬場以外動けないとか、春に暴走するとか行動に制限のあるような妖怪だとなかなか難しいかもしれないが。

 つまり、藍が橙を式に選んだ事には、特に橙でなければならなかったというような特別の理由ははなく、偶然が絡んだものが大きいのかもしれない。たまたま目に付いたか、保護した猫又に式を打った、その程度。
 ここで、藍の立場で自分の式をさせる上での有用性という観点からすると、もっと良い選択肢があったのではないかとも考えられる。例えば自分と同じような化けギツネを適当に見繕って式にした方が、言うことも聞くだろうし色々面倒な不自由もないだろう。同族なのだから。
 主従関係としてみた時も、異種よりも同族である相手のほうが柔順だし、より強い力を持った者を素直に従える事はできるのではないか。九尾のキツネにあやかりたいと思う若いキツネなんていくらでもいそうな気がする。

 ……だが、実際はそうではない。
 そこで思い付くのが藍が自分の式に化けキツネを選ばなかった理由があるのではないかということだ。
 橙を式にした当時の藍がどこまで先のことまで計算して考慮していたかはわからないとしても、彼女は自分の同族を従僕として使うことに問題が生じる可能性があると気付いたのではないか。
 同じ種族ということは、同じ性質、傾向を持つ。たとえばキツネとタヌキは幻想郷でも敵対しているわけで、マミゾウがやってきたことで化け狐と化け狸の間に軋轢が起きたようなことが示唆されている。
 仮に藍の式や従える従僕が全員キツネだったとする。その上で、彼らの主である藍が、紫の意向とかで狸達と友好的な関係を築かなければならないことになったとしたら、これはなかなか面倒なことになるのではないか。

 そうなると、藍は自分の従僕に自分とは違う性質を持った妖怪を選ぶ方がより得策である。藍の不得手な相手には藍の代理として橙が対応することで、ある程度の名目を果たす事ができるようになる。
 流石にここまでピンポイントに考慮して橙を式に選んだわけではないだろうけど、特に有用な役目を果たしているわけではない橙を、きちんと式として保護・ケアしている理由のひとつが、紫の模索する多種多様な妖怪と人間が一所に集まって形成される幻想郷という共同体の成立にあるような気がしてならない。
 紫の下に居る藍が、同じ種族の化け狐ばかりを配下として使っていたら、紫の政治的立場も化け狐寄りのスタンスとして取られかねないわけで。そうなるとやはり自分とは違う種類の妖怪を式にして、紫の意図が特定の種族の優越ではないことを対外的にも示さないとならないのではないか。

 ……あと、これは妄想が入ってる上にかなりこじつけに近いが、今後の幻想郷の在り方を考えた時に、外の世界の人間社会において。これからの未来百年で少なくとも狐よりもずっと人間に寄り添って生き、ミステリアスなイメージを保っていくであろう猫の妖怪を八雲の式として置いておくことには、それなりの意味がありそうな気がする。
 おそらく何人かの八雲好きは、はるか未来の幻想郷に紫がいなくなった後の後継者としての藍、その腹心としてより成長した橙、そしておそらくいるであろう橙の式を想像したことがあるんじゃないだろうか。
 ここらへんが他の勢力ともちがうところで、トップと複数の従僕による家長関係(地霊殿、命蓮寺、紅魔館)や、擬似的な両輪とその娘という守矢神社や永遠亭(これはやや異論がありそうだが)なんかには見られない親-娘-孫の3世代主従関係と、式や式の式が次代を継承してゆくこと連想させる八雲の面白さなんじゃないかなあ、と思う。



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