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科学世紀のカフェテラス2

#11/5 0:00追記

 ただいま京都より帰宅しました。
 皆様お疲れ様でした。お陰さまで新刊完売となりました。前回、前々回と秘封オンリーでは持ち込み数が足りずご迷惑をおかけしてしまいましたが、なんとか3度目の正直となってホッとしております。
 来年も京都で秘封、阿求、天狗オンリーが開催との事で、また京都でお会いできることを楽しみにしております。




 11/4の科学世紀のカフェテラス2にサークル参加します。
 都-07「折葉坂三番地」でお待ちしています。
 科学世紀のカフェテラス


新刊:「No more Silver Bullet」 A5折本 40ページ 100円
 秘封倶楽部の二人が「あるもの」を求めてやってきたダウザーの少女と出会い、岡崎教授やちゆりちゃんと一緒に科学世紀の京都を奔走し、正体不明の怪異と遭遇するお話。
科学世紀2表紙


 ↓サンプルは以下の通り。
   ■■■Friday, November 4, 2065 at 10:03 ▼



 京都の空は今日も心地よい秋晴れ。
 順調に待ち合わせの時間に遅れながら、19世紀末のモダンな街並みを再現した合成レンガの赤道を、白兎を追いかけるアリスの気分で足を速める。
【……つまり、また遅刻なのね?】
【複雑な事情があったのよ。具体的にはレポートの期限とか】
 視界の四分の一ほどを埋めてポップする仮想ウィンドウで、メリーが呆れる。ご丁寧な事にアバターには感情拡張子付きだ。携帯端末を経由して接続したお互いのPAN(パーソナルエリアネットワーク)を介し、メリーの側も私のアバターを通じて会話している。

〈dictionary〉
〈item〉【拡張現実(オーグメンテッドリアリティ)(AR)】〈/item〉
 〈description〉視覚と聴覚の一部に、リアルタイムで感覚処理を施した『拡張した情報』を上書き(オーバーレイ)表示する技術。科学世紀の新たなパラダイムでは医療触媒(メディカタリスト)の投与で角膜上に形成される生器官高分子(ヴァイガリマー)の受容体コンタクトレンズと、小脳の特定部位に共感覚学習パターンを付与する電脳処置の組み合わせで実現する。〈/description〉
〈/dictionary〉


 端末を開いたまま走る私の視界に、交通安全の注意を促すマナーメッセージがポップ。メリーとの秘匿通信を邪魔するウィンドウをうんざりした気分で畳み、メリーに通信を送る。
【大体、前時代的なのよ。このご時世に学生はプログラム通りの課題をこなすべきなんて、仮にも最高学府で教鞭を取る人間が口にしていいことじゃないわ】
【それで専門でもないことに三日も徹夜して三〇〇頁? 蓮子が上手く乗せられただけじゃないかしら】
【……三時間は寝たわよ】

〈reference〉
〈title〉統一力場における観測と不可視観測点における論説の因果関係〈/title〉
〈auther〉宇佐見蓮子〈/authr〉
 Last updated:Friday,November 4,2065 at 05:34
 File size:1339kb
〈/refaerence〉


 欠伸をカフェインガムで噛み殺し、吐息。実際ムキになって取り組んでいた事は否めない。自分から卒論のハードルを上げてしまったわけで、メリーの指摘は正しかった。
【そう言う訳だから、十五分くらい遅れるわ】
【わかったわ、今日は連絡があるだけマシね。待ってるから】
【ん。愛してるわ、メリー】
【……馬鹿】
 呆れつつも、気を付けてねと追伸(ポストスクリプト)秘匿通信を切る。
 通話終了に合わせ、電脳を介した通信記録に対応して近くの電子タグからのスパムが沸いてきた。私は顔をしかめフィルタの密度を上げ、邪魔な広告を切り落とす。有効利用期限の切れた無料版メールソフトのの弊害とはいえ、広告抑制マグのために月四〇〇新円も払う気も起きず、ずるずると更新をサボって現在に至る。
 端末を操作し視界のレイヤを切り替えれば、道行く人々の公開通信ツイートクラウドが流れてゆく。一ドットの欠けもなく描画されたスクリーンめいた青空は、秋に相応しい紅葉の鮮やかさを添えて美しく彩られていた。
 メリーとの待ち合わせは烏丸だ。移動には徒歩も考えたが、路面電車(トラム)を使うことにした。駅まで迂回する時間を考えるとそれが一番早い。
 旧さを残す街並みの調和を乱さぬよう、景観条例に配慮したポップ広告が、秋の新商品を控えめに宣伝する。フィルタを潜るよう情報に重みづけをするには高額の広告費用と社会貢献が要求される。あれ一枚に一体どれだけコストがかかっているのか、ぼんやりと想像して時間を潰した。
 情報通信技術が世界をくまなく覆い、現実の上にもう一枚、拡張現実の層を上書き(オーバーレイ)するようになって二十五年。人々はその恩恵を当たり前のように享受している。かつてのこの国で、水と安全が空気のように無料だと思われていた頃のように。
 過ぎ去ってゆく人の流れ、公開通信のツイートクラウドの中で、ふと視線が固定されたのは――景観条例などどこ吹く風と無尽蔵に溢れるAR広告の中で、酷くそれらから浮いている色合いがあったからだ。
「……ん?」
 街頭端末、観光者向けの案内板の前。
 鮮やかな秋の京都の空から追い払われた曇天のような、グレーのパーカーを着た女の子がいた。
 短いスカートに短いソックス。背は低めだが、スカートから覗く足はすらりと細くまぶしい。被ったフードの下から覗いた色の薄い髪を弄りながら、難しい顔をして案内板と手元のメモとを頻りに見比べていた。
 このご時世に、紙媒体のメモを好む人は希少だ。わざわざ嵩張る筆記用具を用意しなくとも、ARはほぼ全ての記録手段に対応しているし、それらの適わない専門的で複雑な情報のやり取りは端末を用いる。今世紀の初めごろまでは紙の記録も並行して用いられていたが、現在の電子媒体はその黎明期のように脆く儚いものではなく、あらゆる情報をほぼ永続的に保存を可能にしている。経年劣化という観点で見れば、石板に刻んだ楔文字のほうが保存面では心もとないとされるほどだ。
 それでも敢えて紙を用いるのは、よほどの好事家か愛書狂であるか、偏執的に電子的な手段に記録を保持することに忌避があるか(ARによって他人の頭の中を覗かれる、と言う妄想は拡張現実の発展の過程で多く報告された症例だ)、あるいは――ARへの未対応者であるのか、だ。

〈dictionary〉
〈item〉【京都】〈/item〉
 〈description〉この国の首都。前世紀から今世紀にかけてのの国家一大事業となった神亀の遷都により、二百年を経て正式に首都となった。特筆すべき点として拡張現実(AR)が生活の基準となり、出生登録と同時に電脳処置が推進されていることが挙げられ、住人のARへの対応率は99.85%(二〇六五年八月現在)を越えている。〈/description〉
〈/dictionary〉


 電脳のサスペンドを解き、念のため彼女のPANを探るが、ARを使っているなら当然感知されるはずのそれも見当たらず、公開プロフィールも未登録。普通なら自主的に電脳を切って(不活性化させて)いるか、高度な自閉状態にあるかのいずれかが考えられるが、どうもそうとは思えなかった。
 ――おそらく彼女、ARが読めていない。
 それがこの街でどれほどの不便を被るか、私は身をもってよく知っていた。
【メリー、悪いけどやっぱりもう少し遅れるわね】
 秘匿通信でメリーにメッセージを送る。すぐに返ってくる抗議のメッセージを読まずに畳み、私は道路を渡って彼女に話しかけた。
「ねえ」
「うん?」
 近付いてみれば、随分と小柄な女の子だった。目深なグレーのパーカーのフードから覗く大きな目が注意深さや警戒心の強さを感じさせる。
 私もあまり背の高い方だとは言い難いが、頭一つは下から警戒を隠さない鋭い視線がまっすぐにこちらを見上げてくる。
「なんだい、君は」
 むっつりと不機嫌を隠さない視線は、まさか話しかけられるとは思わなかったと雄弁に語っていた。。ARの感情拡張子に慣れているとつい忘れそうになる、拡張現実に加工されていない生の感情を向けられ、私は少しばかりたじろいだ。
「勧誘なら間に合っているよ」
 予想通り、明らかにARの接続距離なのにPANが反応しない。それは取りも直さず、彼女が電脳に関する一切の支援を受けていないことを示していた。
 どうにも歓迎されている気配ではないが、それは無視して先を続けた。
「もしかして困ってないかしら? なんだったら――」
「構わないでくれ、と言っただろう」
 間髪入れず拒絶の言葉。有無を言わせない強い口調で、高精度の防壁よりもなお分厚い、明確な拒絶の壁が私の言葉を跳ね返す。
【お困り事はございませんか? こちら、小兎姫の相談サービス、ただいまオープン一周年記念に付き初回相談料無料、料金一〇%OFFキャンペーン中!】
 「お困り」発言をトリガにポップしたスパムウィンドウを畳み、フィルタを再調整している間にも、彼女は私に背を向け、案内板に向き直っていた。もう話すことはないとばかりの素っ気ない態度。
 しかしそんな彼女の襟元から、チウ、と小さな鳴き声。
 パーカーのポケットからちょこんと顔を覗かせたのは、長毛の白いネズミだった。彼(?)はたたっと素早い身のこなしで彼女の肩へと飛び乗り、困惑する彼女の目を見つめながら忙しく鼻先を動かしながら前足を擦りつける。
「む。……いや、しかし……ん、むう」
 まるで彼女を窘めるように鳴くネズミと、まるで会話でもしているように言葉を交わし、彼女は困ったように頬をかいた。
「……わかったよ。ええと、君」
 す、とこちらに向き直り、彼女はぺこりと頭を下げた。決まり悪そうに視線を反らし、
「すまない。失礼なことをしてしまった。……その、少し意地になっていたようだ。せっかくのご厚意に不躾なまねをしてしまうところだった」
 そうだぞ、とばかりに白ネズミがちうと鳴く。勘弁してくれとばかりの困り顔。どうやら私はこの小さな毛むくじゃらに助けられたらしい。
 彼女はもう一度、改めて頭を下げた。
「つまらないことに意地を張ってしまうのは私の悪い癖だな。申し訳ないが許してもらえないだろうか。この通りだ」
「気にしないで。京都は初めてかしら?」
「以前には何度かね。久々に来てみたら大分様子が変っていて驚いていたところだ。正直、道もよく分からない」
「京都(ここ)のARへの依存っぷりは半端ないからね。私もここの出身じゃないけど、もう少し非AR対応者にも配慮があっていいような気がするわ」
 現実問題として、科学世紀の京都において、ARに触れられないことはそれだけで多くの不自由を被る。本来、先天的なハンディキャップを埋めるために発展したはずのAR振興政策が、気付けば電子化されていない人々を置いてきぼりにしてしまっているというこの現状は、ARの普及率の影に隠れてしまっている潜在的な問題だろう。
 その事を説明すると、彼女はなんとも渋い表情をする。
「……そういう理屈か。探し物は得意なつもりなのだが、地図の読み方一つも分からないというのも格好が付かないな」
 彼女が睨めっこをしていた案内板の地図は京都広域をフォローするものだ。スペースの都合もあって駅近辺のものを覗けば視覚情報としては最低限の情報しかない。ARであれば同時に望む場所の詳細情報が表示されるが、彼女にはそれが読めなかったのだ。
「あっちの案内所で、AR対応機器が借りれるわ。着いてきて」
「む、すまない」
 行政府もまったく手放しというわけではない。主に国外からの旅行者を対象に、京都での行動を不自由なくこなせるよう、ARグラスが無料で貸し出されている。医療触媒か電脳、どちらの処置を受けていればその補助機器で済むのだが、彼女はそのどちらも持たないレアケース。
 従って、必要なのは電脳を備え、生体電位で駆動する知性眼鏡(スマートグラス)。端末も組み込まれた一種のウェラブルコンピュータだ。 とは言えこれも完全なARへの対応を約束するものではなく、公共サービスの定番として最低限の動作保障しかしていない。微細な感情補正やフィルタの機能など、最新鋭のARには追随できないだろう。
 もっとも、そんなものに拘るのはよほどのヘビーユーザーだけで、ただ道を歩く上で不便はないだろうけど。
 物珍しげに赤いフレームのARグラスを受け取り、彼女はそれを身に付ける。
「最初はちょっと戸惑うかもしれないけど、慣れればいろいろ便利よ」
「……おぉ」
 レンズ越しの視界を確かめるように周囲を見回し、きょろきょろと確認する彼女。おそらくいま、視界を埋め尽くすAR広告と公開通信描画の洗礼を受けている最中だろう。
 この知性眼鏡、度は入っていないが、要するに限りなく解像度を上げたディズプレイを視界全体に埋めるようなもので、慣れない人は徹底して慣れない。京都ではそれらは電脳対応障害、として治療されるべきものとされるのだ。
「……ふむ。大体こんな感じか」
 一通り使い方を説明すると、彼女はすぐにそれに慣れたようだった。フレームに触れる仕草はなかなか堂に入ったもので、さっきまでARを使えなかったとは思えない。これなら大丈夫かと判断して、私はポップした公共PANの公開通信を経由して、案内板の読み方を伝える。
「――古道具屋?」
「うむ。少し探し物をしていてね。ついでで聞くのは心苦しいが、このあたりでそんな店に心当たりがないだろうか」
 聞けば彼女、上司に頼まれてあるものを探しているのだという。美術品の類であるらしく、事によったらそんな店に並んでいる可能性があるのだとか。
「その人が失くしちゃったんでしょ? 厄介な話ね」
「まあ、いつものことだからね」
 厄介事を押しつけられたはずの彼女の口調には、苦々しいものはまるで混ざっていなかった。本当に言葉通りの日常なのかもしれない。
「んー、そうねえ。お勧めの飲み屋ならいくらでも教えられるけど――」
「それは乙女としてどうなんだい」
 慣れたもので、呆れを示す感情拡張子が彼女のPANに飛び出した。
 いわくつきの怪しげな古道具は倶楽部活動の範疇と言えなくもない。私も数軒、そうした店を知っているが、さすがに市内を網羅するほど詳しくはなかった。端末を引っ張り出して検索を試みる。
 いくつか条件を加えて候補を絞り込むと、御池から丸太通りへ抜ける寺町通りの近辺には、そういった小道具や民芸品を扱う店が複数ヒットした。おおむね私の記憶とも合致していた。
「このあたりかな」
 彼女にARグラスの操作を促して、PANを接続。招待した彼女の電脳にゲスト権限を付与し、検索結果に街頭カメラ(WebCam)とサテライトビューの画像を添付して送りつける。
「何度か冷やかした程度だけど、そのあたりじゃないかしらね」
「成程。済まない。何から何まで世話になっってしまったね。なにかお礼ができればいいのだが」
「気にしないで、持ちつ持たれつよ」
 そう言って手を振ると、彼女の肩から飛び降りた白ネズミが私の指先にちょんちょんと鼻先を触れさせた。彼なりの感謝を示してくれたらしい。なかなか賢い。
 ぺこりと頭を下げ、雑踏の向こうに消えてゆく彼女を見送ってしばし。私はトラムを2本、乗り過ごしていたことに気づく。
 メリーからのメールの山に気付いたのはその少し後だった。



   ■■■Friday, November 4, 2065 at 11:21▼



「――はあ、やっぱり信用するんじゃなかったわ。珍しく連絡してきたと思ったらこれだもの」
「悪かったってば。おひさまの出てる間は時間が分からないのよ」
 いまだにお怒りのメリーさんは、その鬱憤を晴らすかのようにケーキにざくりとフォークを突きたて、大きく切り分けて口に運ぶ。なかなかにワイルドな食べっぷりながら、音も立たなければ欠片をこぼしもしない。
「んむ。それにね、別に悪いことしてたわけじゃないのよ?」
「……もういいわ。蓮子が遅刻することにいちいち怒ってたら友達なんてやってられないもの」
 予定より一時間十四分遅れで合流した私達は、四条通のカフェへと場所を移して、今日の本題である今季の新メニューの品評会を行っていた。
 秘封倶楽部、久々の女子力に溢れる会合である。面子に変わり映えがないというのが少々寂しいかもしれないが――この活動に新メンバーが加わる事はちょっと想像が付かない。
 私の頼んだガナッシュは少々合成品らしさが鼻につき、味のムラのなさ――甘みが揃い過ぎているのが気になったが、メリーの注文したベイクドチーズケーキはなかなかの逸品である。
 これでカロリーも抑えてくれれば言うことなしなのだが。他者の命を食べることなく食事を出来るようになった現在でも、それらに目立った改善は見られない。乙女としては一番肝心なところではないかと思うのだけども。
「――メリー、ちょっと食べすぎじゃない?」
 本日3つ目のケーキにフォークを付けたメリーのPANに、健康的な食事を取るための糖分の過剰摂取を主張する警告メッセージがポップ。情報を共有する私の視界にも割り込んでくる健康管理ソフト(Watch Me)の警告を、メリーはぽいっと背後に投げ捨てた。仮想ウィンドウはぱりんと軽い音を立てて割れ、視界から消える。
「蓮子は律儀ねえ。古来、美味しいものは身体に良くないって決まってるの」
 それは料理への冒涜じゃなかろうか。
「だから、今時ブラックで珈琲なんて正気の沙汰じゃないのよ」
「へいへい」
 メリーの指摘通り、私もカフェインの摂取量は成人女性の許容量をはるかにぶっちぎっているのでまったく人の事は言えない。いかな管理社会と言えども、人間の業とも言うべき自堕落さは根が深いのである。
「カロリー摂取の問題は置いとくとして、拡張現実がもっと発展すれば、味覚や嗅覚の感覚拡張くらいどうとでもなりそうなものだけどね」
「どうかしら。食べ物がみんなハンバーグの味になるなんてぞっとしないわ。個々の主体的な認識が揺るがされれば、人の禁忌だってあっさりと脅かされちゃうと思わない? 極論、人間の肉の味まで好きなように操作できたら、今より人肉食は一般的になると思うのよ」
「蓮子は前時代的ねえ」
 新茶道の影響を多分に受けたと思われる抹茶オレを傾けるメリーに、秘匿メッセージで苦笑。相対性心理学専攻のメリーは、仮想と現実の境界はシームレスに繋がっているという主張の持ち主だ。これはメリーに限った事ではなく、ARに生まれた時から接している京都育ちの若者には多く見られる傾向である。東京の田舎生まれの身としては、現実(リアル)と仮想(ヴァーチャル)を等価にみる視点はいまいち賛同し難い。
「で、それからどうなったの?」
「さっきの話? いつも通りよ。ふらふらしてる間に、気付いたら眼が覚めてベッドの上」
 私とメリー、二人が顔を揃えて秘封倶楽部の活動以外が行われないことはない。今日の話題も、メリーが夢の中で訪れた境界の向こう側の世界の話だった。
 メリーが夢の中で境界を飛び越え、時間も空間も隔てた異邦で、さまざまな不思議と邂逅する。それらの話題は少し前までは我らが秘封倶楽部の活動の根幹を為す貴重な体験だったが、鳥船遺跡の一件以来、どうにもその価値は揺らいでいた。
 伊弉諾(イザナギ)物質を探す活動が倶楽部活動のメインになり、こちらの世界にも不思議の痕跡は山のように転がっていることが分かったことがひとつ。そして、正直もう割と慣れっこになってしまっているのがひとつ。
「今回は何を持って帰ってきたの?」
「筍よ」
「……また? ああ、見せなくたっていいわよこんな所で」
 このやり取ももう両手の指にも余るほどだ。メリーはいつものように夢の向こうから収穫物を持ち帰ったらしいが、これまた珍しいものではない。
「そういう言い方はないんじゃないかしら」
「……だって、ねえ」
 ここ最近の『収穫物』を保存・分類したタグを全部まとめて添付。秘匿通信でメリーに送りつける。PANの隣接で共有された仮想ウィンドウで、拾得物のリストがメリーの視界を埋め尽くしていった。
「もうその手のサンプルは十分よ? いい加減目新しいものじゃなきゃ、有難味がないわ」
 メリーがあちらで何者かと遭遇するのはとても稀であり、持ち帰ってくるものもありふれた物がほとんどだった。
 最初は未知や境界への手掛かりとなるかもしれないと躍起になって調べたりしたが、要するにただの木の枝や石ころやらである。管理されていない自然物であること、年代が現代ものもとは噛み合わないものであることは判明したが、そこから先、境界の向こうへと繋がる道筋についての手がかりとしては心もとない。
 アカデミックな観点からすれば貴重なサンプルであることまでは否定しないが、そもそも違法行為である結界暴きのためにそれらの解析までするような伝手はさすがに持っていない。
「だからってぞんざいに扱っていいって物でもないでしょう」
 憤慨を示す感情拡張子を表示させつつ、律儀に表示された仮想ウィンドウを丁寧に畳むメリー。
「あのねメリー。持ってきてくれるのは結構なんだけど、保存しとくだけでも一苦労なのよ?」
 メリーがわざわざ夢の中から持ち帰ったのだと主張しない限り、ぶっちゃけてゴミのようにしか見えないものも多い。ただでさえ広いとは言い難い我が家のスペースをぐんぐん圧迫してくれているため、先日、耐えかねてあまりにも意味不明な資料は処分したばかりだ。
「きちんと整理してないのが悪いんじゃないかしら。……もう少しきちんと片付けたら?」
「う。ちゃんとどこに何があるかは分かってるからいいのよ」
 収穫物はきちんと折半しているので、メリーの部屋も同様のはずなのだが彼女は面白がってこれらを処分しようともしない。それだけ彼女の部屋に余裕があるという事なのだが――同じ一人暮らしの学生の身でどうなってんだこのブルジョワめと内心微妙に穏やかでないのは私だけの秘密。
 テーブルの上、筍をつついてメリーはこちらを見る。
「どうする? 食べちゃう?」
「あんまり気が進まないなあ」
 以前にも同じように竹林から持ち帰った天然ものの筍を、二人で料理して食べてみたりしたが――アクが強くて味も雑で、あまり食べられたものじゃなかった。合成食品ばかりで生きる科学世紀の少年少女にとって、天然食品はもはや希少性以外に価値を持たないらしい。

〈quotation〉
 栄養デザインの進歩で作られた合成食は、味や匂い、触感についても天然の素材を凌駕していることが証明されて久しいが、なお昨今でも人間は天然物を歓迎する傾向にある。ただのもの珍しさ、希少性以外の理由で天然物を要求するのは、舌や喉の感じる味以外に、人間には魂のデザインレベルで他者の命を口にすることが本能的に備わっているのではないか。
〈/quotation〉
〈/title〉科学世紀の食育に関する考察〈title〉
〈auther〉K/矜羯羅:著〈/auther〉


【異議:蓮子も私も料理が苦手だって可能性】
【……異議を却下します】
 不毛な会話を打ち切って、ARのウィンドウを切り替え、メリーの話してくれた夢胃の内容をまとめたメモを表示する。
「……お地蔵さんの沢山並んだ道、ねえ。前に歩いてたお寺かしら。あった、これだ」
 端末を起動し、メリーのいう条件に当てはまる場所を光景を検索させるが――該当件数が多すぎて表示にエラーが出た。絞りこもうにも条件が曖昧すぎてそれ以上は難しい。
 メリーが夢の中で迷い込む境界の向こうの世界に付いて、記録を取りはじめたのはもう結構以前からのこと事だ。夢日記のログはそれなりの分量になっていた。
 ただ、いつもいつも衝撃的な場面に出くわすのかというとまったくそんなことはなく。その多くは森の中や広い草原、湖のほとりなどを歩く程度の、実にささやかな体験ばかりである。人の手の入らない自然というのもいまの時代には珍しいものになりつつあるので、決して馬鹿にしたものではないのだけど――それは学術的な見地からの意見だ。
「私としてはやっぱり、いつかのトリフネみたいな非日常が欲しいのよねえ」
 呟いてテーブルに突っ伏した。この空の遥か38万キロの彼方、L4ラグランジュポイントに静止する衛星トリフネの中に満ち満ちた不思議と大自然。隔壁1枚向こうには虚無に近い真空に満ちた宇宙のただ中に再現された、過去の地球の環境を歩く旅――今でも脳裏に鮮明に蘇るあの体験はいまだに味わい深い。
 だというのに、メリーさんときたらケーキを食べながらいま思い出したとばかりに言い出すのである。
「あ、衛星なら先月に行ったわよ?」
「もー、事前に分からなきゃ準備もできないじゃない」
 やめやめと両手を放り投げるゼスチャアをしてARレイヤを切った。
 あれ以来、メリーの見ている光景を共有できるようになったのはとてもありがたい事だけれど、彼女が境界を越える時にいつもいつも私が傍に居るとは限らない。どうにも巡り合わせが悪いのか、最近はそんな貴重な経験の度に置いてきぼりをくらうことばかりだ。
「ずるいわよメリー、あっちに行くなら教えてくれなきゃ」
「そんな事言われても。夢なんていつ見るのか分からないし」
 不貞腐れた私はぷー、とテーブル上の紙ナプキンを吹いて飛ばす。汗をかいたグラスに触れて張り付くナプキンを剥がし、メリーは行儀悪いよと眉を潜めてみせた。
 メリーが境界を越える夢を見る条件を探してみたことがあったが、いくらサンプルを増やして解析しても、規則性は全く見られなかった。そもそもこの夢日記自体、その条件を探すために付け始めたものだ。今はだいぶ惰性になってはいるけれど。
「でも、何か手段はあるでしょ?」
「私、眠ってるのに無茶言うわねえ……。じゃあ、いっそ一緒に住む?」
「それもいいわね」
 悪くないな、と思いながら、カップに口を付けた。やや冷めた珈琲の苦みが喉を落ちてゆく。健康への影響を訴える五月蠅い警告メッセージを畳み、荷物が増えるからメリーの家に引っ越すのが良いかなあ、などと想像を巡らせる。
「でも、蓮子と一緒だとあっという間に部屋が散らかりそうねえ」
「失敬な。あれはあれでちゃんと機能性を保持してるのよ?」
「この前貸したロッカーの鍵」
「う……」
 タグの設定をサボっていたせいで、ARリスト表示でも探せない状態にある。熱力学第二法則は乙女の部屋においては未だに有効な理論だ。そもそも目的のものが視界に入らなければ拡張現実もまったく役に立たないのであって。
「でも最近、ちょっと活動がマンネリなのは確かね。そろそろまたどこか旅行でも行きたいところだわ……っと」
 メリーが退院してからは伊弉諾物質を探すという名目で遠方での活動に精を出したが、学生の身でそうそう頻繁に遠出ができるような財力があるわけでなく。最近はもっぱら京都から日帰りできる近郊での活動がほとんどだ。そろそろ新しくバイトでも始めるべきだろうか。
 丸まってしまった背中を伸ばそうと、椅子の背もたれにぐっと反りかえって後ろを見る。
「もう、お行儀悪いわよ蓮子」
 メリーが苦笑と共に秘匿メッセージを飛ばす。と、
「……あれ?」
 反り返った背中、上下さかさまの視界の中に、ついさっき別れたばかりの見覚えのある姿が一つ。
「おや」
 彼女もすぐ私に気付いて声を上げた。
 シンプルなデザインの赤いアンダーフレームのARグラス。グレーと紺のシックな装い。曇天ならばともかくも、ARで加工された京都の青空の下では些か目立つ色合いだ。
 忘れようはずもない。さっき会ったあの子に間違いなかった。
「なんだい、君もこちらに用事だったのか」
「さっきぶりね。……でも、どうしたの? 寺町通は反対側よ?」
「……なんだって!?」
 現在位置の座標タグと地図を添付して彼女に公開メッセージを添付。彼女は少なからず驚きを露わにして、それを見比べた。
 二度、三度と繰り返し、やがてがっくりと肩を落とす。
「なんということだ……これはいよいよ本気で焼きが回ったか……?」
 よほどショックなのだろう、ふらりと近くの植え込みのブロックに寄りかかり、ぶつぶつよ独りごとを呟き始める。
「ふふふ、酷い様だな……賢将が聞いて呆れる……。所詮、いかに賢しく振舞おうが卑賤なネズミ風情と言うことか……ふふ、ふふふふ……」
 みるみる瞳からハイライトが消えてゆくのはARグラスによる感情拡張子の補正効果だろうか。大分自虐が入っている彼女を不思議そうに見て、メリーが首を傾げる。
【その子、蓮子のお友達?
【さっき話したでしょ。駅のところで会った、探し物をしてるって言う】
【ああ】
 ぽむ、と手を叩いてメリー。
「大丈夫? やっぱりARは慣れなかった?」
「あ、うむ……忠告に従ったつもりだったが、どうも私は自分で思っていたよりも抜けているらしいな。少し、人生について本気で悩みたくなった」
 あまり立ち直れてはいないっぽい。どうにも方向音痴なのだろうか。あるいは、ARにはやっぱりある程度の慣れが必要ということか。どんなに精巧な地図や案内板があってもその土地に不案内であれば迷ってしまうことはあるかもしれないけれど。
「蓮子と同じに考えちゃ失礼じゃないかしら」
「うーん。そんなややこしい教え方したつもりなかったんだけどなあ」
 確かに私の眼は少々特別製だ。特に夜であれば、GPS機能などよりもより確実に現在位置を教えてくれる。
 AR未対応の山中での活動にもとても役に立ってくれているのだが――初めて訪れる場所であってもその座標が把握できれば、否が応でも普段の活動で土地鑑は鍛えられてしまうのかもしれなかった。
 彼女を慰めるつもりなのか、ポケットを飛び出した白ネズミが彼女の肩に飛び乗り、頬を擦りつけてチウ、と鳴いた。
 わ、とメリーが顔を輝かせる。
「その子、あなたのペット?」
「あー……うむ。まあ、そんなものだね。相棒だよ。触ってみるかい?」
「いいの?」
 小さくてもこもこしたものに目のないメリーさんが差し出した指先が、小さな頭に触れる。器用に後ろ脚で直立した白ネズミは、こくりと首をかしげた。
「わあっ……ご飯とかあげても大丈夫かしら?」
「ん? ああ、それは構わないが……」
 メリーは先程のベイクドチーズを少し削り、手のひらに載せて子ネズミの前に差しだした。主人のほうをちらりと窺った彼は、特に咎められないことを理解したか、両手でそれを受け取り、一心に齧り始める。
「きゃーー♪ 蓮子見て見て、この子すごい可愛いっ」
 ぶんぶんと腕を振り回すメリーの感情拡張子が溢れだして視界を埋め尽くした。ちょっとメリーさん、感情制御マグの調整甘すぎやしませんか。
【……伴侶動物(コンパニオンアニマル)かしら?】

〈dictonary〉
〈item〉【伴侶動物(Companion animal)】〈/item〉
 〈description〉従来のペットと主人の関係に比して、より主人と密接な関係を持つ、生活のパートナーとなる動物の総称。科学世紀においては生体電脳でARを経由し主人との感覚リンクを確立、視覚や聴覚などの補佐を行う動物を主にこう呼ぶ。〈/description〉
〈/dictonary〉


 直接問うのは失礼にあたると思ったか、メリーは秘匿通信でこちらにメッセージを送って来た。メリーの疑問は、彼女がなにかしらの障害を抱えているのではないかというものだ。
 ペットに助言役を求めているあたりその読みは当たっているように思われたが、そもそもげっ歯類は遺伝子調整でもしなければ伴侶動物には不向きである。その割には白い毛玉君にはデザインドアニマルとしてのパーソナルタグも保存されている様子がない。
(……素直になるための外部補佐、あたりかしらね)
 その思考は言葉には出さず、思い浮かべるだけにとどめた。
「本当にこの街は変わってしまったんだな。……昔とは見違えるくらいに綺麗になったが、少々寂しくもある」
 しみじみとつぶやくその独白は、まるで、昔のことを見てきたようだった。どう見ても私より年下の彼女だが――案外そうでもないのだろうか。
【――分からないわよ、案外良いお歳なのかも】
【回春処理なんてまだ一般には普及してないと思ったけどね】

〈refarence〉
〈/title〉「人類生物学にみる不死」〈title〉
〈auther〉研究者:西東天〈/authr〉
〈auther〉共同研究者:木賀峰約〈/authr〉
〈/refarence〉


 不老化処置はすでに夢の技術ではない。見た目と年齢に統一性がなくなっているのも確かだ。若年であれば出生登録に際して電脳化とAR対応処置も施すのが最近では通例だし、案外メリーの指摘も外れてはいないのかもしれない。
「しかしこれからどうしたものか……」
「私達が案内するわよ。もうここまでくれば知り合いみたいなものなんだし」
「あ、……うむ。済まない。恩に着るよ」
 彼女と子ネズミ、主従は揃ってぺこり、と頭を下げる。
「こちらからもお願いしたい。二度も助けられていては格好がつかないが」
「気にしない気にしない。ね、メリー?」
「お人好しねえ、蓮子は。このままケーキ食べ放題よりは健康的だけど」
「なんだ、メリーも気にしてたんじゃない」
 嫌な顔せず付き合うメリーも似たようなものだと思う。
「ええと、私は宇佐見蓮子、こっちはメリー」
「自己紹介まで勝手に略さないで。マエリベリィよ。マヱリベヰ・ハーン」

〈Profile〉
〈Name〉宇佐見蓮子〈/Name〉
〈Age〉--〈/Age〉
〈Class〉超統一物理学二年〈/Class〉
〈/Profile〉

〈Profile〉
〈Name〉Maribel Han〈/Name〉
〈Class〉相対性心理学二年〈/Class〉
〈/Profile〉


 呼びづらければメリーでも構わないけど、と付け足すメリーに、彼女もそうだね、そうさせて貰うよ、と応じる。
 自己紹介とともにPANをオープンして、公開用の身分を示した。彼女もそれに倣おうとするが、彼女のPANに表示されるのはゲスト権限であり、ARグラスを借りた時の素っ気ない無記名登録がそのままポップするだけだった。
 それに気付いたのだろう、
「私は、ナズ――」
 胸に手を当て――僅かに言い澱んで、名前を告げた。
「ナズナ、という」
「ナズちゃん?」
 問い返す私に、彼女はなぜか少し面白そうにはにかむ。
「まあ、好きに読んでもらって構わないよ。よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
「よろしくね、ナズナちゃん」
 かくして。科学世紀の京都に出会った私達三人は、しっかりと握手を交わした。



   ■■■Friday, November 4, 2065 at 13:07▼



「このへんかしら」
「ほほう」
 もはや一般的な観光地となった寺町通りからさらに一本路地を抜けた先。人通りもまばらな細い街路に、ひっそりと身を寄せ合う店舗が軒先を並べていた。事前知識がなければただの民家と通り過ぎてしまいそうな店先を注意深く眺めれば【萬(よろず)買取致し■(マス)】の看板が掲げられていた。
 曇りガラスの戸の看板に陽に焼けたショーケースを並べた街並みは時代から取り残されたようなレトロな色合い。AR対応も最低限のものしか施されていない。AR広告も数世代前のもので、フィルタを外してやっとポップするような控えめなもの。
 ここまで来ると時代的価値を賦与する演出のなのかもしれないが、だとしたらこの汚れ具合、経年劣化はどれだけ金を掛ければ実現できるものとも知れず、結局はどちらなのか判然としない。
「ところで、探し物っていったいなんなのかしら」
「……一言で言うのは難しいんだが、強いて言えば古い美術品だな。ランプと言うのが一番相応しいような気もするが――」
 外見を説明しようとするナズちゃんだが、いまいち要領を得ない。メリーが鞄からタブレットを取り出した。
 ナズちゃんはそれを受け取り、しばし思案の後にペンを走らせる。描き出されたのは非常に前衛的なデザインだった。
「こう、こんな感じの……」
「……おでん?」
「ううう……」
 肩を落とすナズちゃんに、白鼠が励ますようにちうと鳴く。
 どうにも、店うんぬんよりもこのあたりに探し物がある事を確信しているような口ぶりだ。探し物の存在だけ分かっているなんていうのも妙な話である。そう尋ねると、
「ああ、それは簡単だ。私の特技でね」
 彼女は胸元のペンダントを首から外して指に絡めた。細長い八面体の結晶を模したしゃらりと鎖が涼やかな音を立てる。

〈Correction〉
〈error〉ペンダント(Pendant)〈/error〉
〈truth〉振り子(Pendulum)〈/truth〉
〈/Correction〉

 印刷したばかりのインクの匂いが残る紙媒体の地図の上、垂らしたペンデュラムの尖った先端が、不規則かつ規則的な動きで経路をなぞり始めた。
「――ダウジングね」
「蓮子、知ってるの?」
「大昔は割とメジャーなオカルト技能だったのよ」

〈dictionary〉
〈item〉【ダウジング】〈/item〉
 〈description〉遠隔地から特定の物体や人物の場所を捜し出す能力・行為の総称。前世紀末にはその特性の解明が進み実用可能とされ、地下工事における走査や、犯罪捜査などにも使用された。〈/description〉
〈/dictionary〉


 しかし、注目を浴びたことでその原理を解明しようという動きが起きてから評価は一変してしまう。結局そのメカニズムは一般化できず、しかも多くの能力者が示した結果がインチキであることが暴かれてしまったのda。ダウジング技術自体が一気に信用を失い、さらにごくごく一部の例外であった『本物』も、その実現には特殊な才能、具体的には異能とも言うべき脳神経の発達が必須であることが判明したのだ。
【要するに、私達の眼と同じようなものよ。汎用的には再現不可能な、畸形の能力】
 技術は誰にも利用可能であるからこそ価値を持ち、その進歩によって人類を未来へと推し進める。ダウジングは人類のステージを新たな次元へと上げる、技術のパラダイムシフトたりえるものではなかったのである。
 地図の上でペンデュラムを慎重に走査しつつ、ナズちゃんは難しい顔を覗かせる。
「間違いなくこの辺りにある、と思うんだが――」
 傍目にも分かった。振り子の触れ具合が微妙に不規則で、一定しない。ある程度の範囲は把握できるが、そこから目標を絞りこめないようだ。
「どうにも調子が出ないな。いよいよ私も焼きが回ったか」
「――たぶん、別に理由があるのよ」
 肩を落とすナズちゃんに、この街に付いての説明をする。
 神亀の遷都による京都は、全天候型完全AR対応都市のモデルケースとして設計された。多重構造結界《八重垣(multifold fences)》と全天風水に基づき建造物を配し霊脈調整、空には衛星を打ち上げて星辰を揃えることまで行ったという。
 強固な結界と多数の防壁に守られた京都は、前世紀末から今世紀初めにかけて頻発した地震と洪水――《大災害》からの復興を求めた政府と、その利権に食い込もうとした国内外からの資本の流入が合致した結果だとも言える。
「これは私の仮説だけど、ダウジングがそれらにアクセスしているなら、結界を含めた京都の地勢がそれを邪魔しているんじゃないかしらね」
「成程、厄介だね」
「でも、この辺にあるのは確かなんでしょ? だったら一軒一軒見虱潰しで探していけばいいだけのことよ」
「非効率的ねえ」
「どんなに科学が進歩しても、最後にものを言うのは積み上げてきた努力よ、メリー。さっき検索したリスト回すから、手分けしてぱぱっとやっちゃいましょ」
 物理屋らしく実証主義の格言を口にし、先頭に立って歩き始めたまでは良かったのだが。
「……あれ?」
「行き止まり、ね」
 私達の探索行は、いきなり文字通り壁にぶち当たっていた。「おっかしいなあー」
「これじゃナズナちゃんの事言えないわよ、蓮子」
「ぐっ……ま、間違いは誰にでもあるわよ」
 のんびりと言うメリーの言葉が胸に突き刺さる。決まり悪いのを誤魔化しつつ、。今度は慎重にARと地図を見比べて――
「ふむ。ただの民家のようだが」
「あれぇー!?」
 大通りを抜け、赤い屋根の露店を目印に路地を曲がれば、目の前には四階建てのマンションが道をふさいでいた。
 入り組んだ旧い街並みの通り、電子タグの更新もおろそかになっているようで、行ってみれば閉店や、とっくに移転した後、という店舗が散見された。中には案内用のガイドまで間違っているものもあり、無駄足を繰り返す羽目になった。
「蓮子……」
「ううぅ……」
「ま、まあ、そう気を落とさずに……」
 ナズちゃんどころかその肩の子ネズミ君にまで励まされ、もはや私の立場は欠片すら残っていない。数時間前の強気はどこへやら。私はすっかり自信を失って道の片隅に座りこむ。
 任せろと買って出た道案内はほぼ役に立たず、ナズちゃんの探し物はもっとも原始的かつ非効率に、あちこちを走りまわり、目に付いた店を片端から訪ねて回る、実に地味で体力勝負の作業となってしまった。
 勿論それらしい手掛かりはゼロ。これまで絶対的な自信を持っていた自分の土地勘を疑わざるを得ないところまで追い込まれていた。
「これで、大体それっぽいところは回った気がするけど……」
 徐々に傾き始めたお日様の中、メリーが吐息とともにハンカチで汗をぬぐう。
 ととと、と言う小さなエンジン音。
「ん、なんだ、宇佐見にマエリベリィじゃないか」
 古めかしいウラル・サイドカーに跨るのは、、金髪を左右に括って白い帽子を被った女の子。
 線の入ったハーフパンツに緑のカラー、頭の防止も合わせて水兵服にしか(クラシック・アキバスタイルのセーラー服ではなく、文字通りの水兵服だ)見えない私服をトレードマークにしている彼女こそ、
「北白河――」
「おう、ちゆりちゃんだぜ」
 にか、と白い歯を覗かせる。

〈Profile〉
〈Name〉北白河ちゆり〈/Name〉
〈Age〉15〈/Age〉
〈Class〉比較物理学・岡崎研究室助手〈/Class〉
〈/Profile〉


 公開プロフィールに表示される資格はまたいくつか増えていた。大学でも有名人のひとりである彼女だが、それを示すにはたった一言で済む。つまり、あの岡崎研究室の助手。
 彼女がメリーの名前を呼ぶ時にも私の耳にはマエリベリー、としか聞こえないのだが、ちゆりちゃんの発音にメリーが文句を付けた事はない。
「お前らこんな所で何してんだ?」
 外見もそうだが、その口調はとても最高学府に居るものとは思えないが、学習カリキュラムの柔軟性とともに就学年齢の画一化が失われ、強い個性がもてはやされて彼女のような例は増えていた。そもそもそんな事を言い出すと、十一歳入学組の私もメリーも人の事は言えない。
 もっとも、彼女は私が入学するよりも以前――岡崎教授がまだ準教授だったころからずっと自称十五歳のまま、もう5年近くもその助手をしているわけで、年齢不詳にも程がある気もする。
「ふうむ」
 何か気になるのか、ナズちゃんはオープンされたちゆりちゃんのPANと顔をまじまじと覗き込む。
【どうかしたの?】
 言葉にしては聞き辛く、秘匿メッセージを投げてみる。
【……いや、知り合いに似ていた気がするんだが、他人の空似だな】
 納得している様子ではないが、それ以上拘るつもりはないらしい。
「ちゆりちゃんは何でここに?」
「ごしゅ……教授の手伝いだぜ。今すぐ機材が欲しいって我儘いわれてな。今時XT6800とか、何に使うつもりなんだか」

〈dictionary〉
〈item〉【XT6800】〈/item〉
 〈description〉一九八七年発売の第三世代パーソナルコンピュータ。販売戦略の齟齬によりシェア占有率は低く留まったものの、OSが公開され、ハード、ソフト両面でユーザーコミュニティ主導による拡張、パッチの配布などが活発に行われた特徴を持つ。以上の経緯により根強い人気を残す。〈/description〉
〈/dictionary〉


 世代遅れ――というよりも、もはや骨董品のレベルの、家庭用コンピュータ黎明期の機種である。
「……次の発表、今度はジョン・タイターが出てくるのかしら」
「教授ならやりかねんな。あんなもんいまどきジャンク屋にもないから古道具屋頼みだぜ。アキハバラまで日帰りで行ってこいとか人使い荒すぎると思わないか?」
 参った参ったと、ハンドルに身体をもたれさせる。見ればサイドカーには古めかしい電子製品がぎっしりと押し込められていた。
 中古を扱うような店であっても、少し気の利いた店なら電子タグ登録してネットスフィアにも広告をうつのが流通の基本だが、既にそこは砂金を攫うように調査済みだ。過去五年遡っても1件もヒットせず、結局ちゆりちゃんは非効率にも足を使っての調査に乗り出していた。
 わずかな望みをかけて、寂れ切った時代に取り残される古道具屋巡りだという。
「つーかね、実のところ海外の好事家と交渉終わってて、来月になれば資材、届くんだけどな。その前にどーしてももう一台欲しいって我儘言われてなあ。参るぜ」
 上司の下で割と苦労しているのはどこも同じか。ナズちゃんが何故だか深く共感できるとばかりにうんうん頷いている。
「我らが敬愛する教授様が週開けには上海から戻るから、その前に用意してないとどやされちまうってわけだ。……んで、お前らは? なんだか見ないかもいるけどな」
「私達も探しものよ。……そうだちゆりちゃん、こういうの知らない?」
 先程のナズちゃんの画像を公開メッセージで示す。
「……なんだこりゃ?」
「大事なものなんだそうだけど」
「――美術品ねえ……工芸品って感じじゃないな。東山……違うな、伏見のほうは探してみたか?」
「あんなところにお店あるの?」
「案外残ってるぜ。寺社街は保護条例が厳しいからな、表向きには登録してないところも多いが、骨董好きのじいさんばあさんは意外に立ち寄るもんだ。それに、零番街も近いしな」
 大震災からの復興に伴う海外資本の流入は、自己の帰属意識という形で緩やかなナショナリズムの復権をもたらした。
 遷都に伴って伏見の西、東九条零番街には旧体制の名残が流れ込み、複雑怪奇な結界と違法に増築の繰り返された治外法権の市街となり、かの九龍城めいた魔窟となっているという。
「――って、」
 会話を遮るように呼び出し音。端末を出したちゆりちゃんはげ、と顔をしかめて通信を繋ぐ。たちまちポップする苺模様の赤いウィンドウ。
「何だごしゅ――教授。こっちは今探し回って――は? 出町柳の名曲喫茶?」
 個人間のメッセージのやり取りなら秘匿回線を使えば良いような気もするが、ちゆりちゃんはPANを広げたまま公開通信で話し始める。会話の調子から見るにまず間違いなく相手は岡崎教授だろう。流石に会話内容にはセキュリティが掛っていた。
「なんだってそんな所に……つーか教授、いまどこから掛けてきて……ああ、わかったわかった、すぐ行く。了解だぜ」
 五月蠅そうに顔をしかめ、端末を耳から離してぼやくちゆりちゃん。こちらに向けて片手だけで詫びを示す。
「と言う訳ですまん宇佐見、マエリベリィ、急用ができた」
「大変ねえ」
 サイドカーのエンジンを掛け、器用に車体をターンさせるちゆりちゃん。
 またな、と言い残して去ってゆく彼女の背中をしばし見送るり、ナズちゃんはぽつりと感想を漏らした。
「なかなかに急がしい御仁だね」
「有名人である事に間違いはないわね」
 岡崎教授と言えば、世界的にも有名な存在であることは間違いないが、彼女もそれに負けず劣らずの奇人であることに異論はないだろう。
「さて、どうする? せっかくの手掛かりなんだし、伏見まで回ってみるのもいいかもしれないけど」
「異論はないよ」
「賛成ー。でもちょっと休みたいわ」
「それは同感だね」
 ナズちゃんのダウジングを疑うつもりはないが、他に選択肢もないし無難だろう。生憎と私達はちゆりちゃんのような足を持っている訳ではない。
「蓮子なら車とか似合いそうだけどね」
「維持費だけでどれだけかかると思ってるのよ。駐車場だって馬鹿にならないし」
 価格自体は昔よりも安価になったが、公共交通が発達したこともあるのと、全盛期の京都のそれをさらに強化したような景観条例のためである。
 科学世紀の、特に京都では「行動、進路、速度を一元的に管理されず、運転手の自由意思に依存する動機械」は使用を制限される傾向にある。結界守護の観点なのだろう。
 免許は一応持っているが、個人で交通手段を保有しているだけでも年間かなりの税金やあれこれの保証費をを課せられることになる。その上普段の生活では使う機会もなかなかない。
 そうして得た保障費を元に、公共交通機関であるトラムが整備されている側面もあるので、以前よりもずっと交通は楽になっているとも言える。
「学生の身分で贅沢ってことじゃないかしらねえ」
 ……などと言いながら東京にいたころは無許可で乗り回していたりしたのだが、その辺の話は今関係ないので記憶の底に沈めておいた。

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