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アリアンロッド考

 唐突にアリアンロッドの話をば。……ゲッタウェイ2巻でちらりと触れられていた「この世界の神様は特に人間を愛してはいない」というフレーズが気になったのでつらつらと考えたことのまとめ。超上級ルールブック発売以前の考察も混ざっているので少しズレてることもあるんだけど、おおむね現時点でのデータ面、設定面での理屈付け。
 ルルブで紹介されている創世神話や伝承が実際にあった事だとして、エルダの堕落と粛清以後に生まれた6種族(基本ルルブの6種族)は、それぞれ大地を癒したり(ヴァーナ)武器を作ったり(ネヴァーフ)妖魔を倒すため(ヒューリン)と、特定の役目をもって創られている。
 アーケンラーヴ他の七大神にとって6種族はいわば世界の維持装置、対妖魔、魔族の尖兵みたいなもの。
 PLである我々が知る神話のような“自由意志を与えられていた人間”というのは彼等に先んじて創られたエルダの方であり、彼等は結果的にいろいろ堕落した上に邪神や魔族を招くというとんでもない大失敗をやらかしている。
 で、あれば。
 七大神はエルダの失敗をフォローするためのPCたちに、本当の意味での自由意志なんてものを与えるだろうか? ヒューリン達は、言葉を飾らなければエルダの後始末をさせるための世界の防衛・制御装置であって、エルダの二の舞をしないようなリミッターがあるのではなかろうか?
 そしてそう考えてみると、七大神は「妖魔の討伐」「世界の維持」みたいな、生来与えられた使命を邁進しようとする6種族に対して、その使命遂行の為の手助けはしても、個人の問題に困って神に祈ったり縋ったりするヒューリンやエルダナーンを特に顧みることはないのではないか。極論、人間達の信仰なんて、アーケンラーヴ達は特に気にしてないのではなかろうか?
 SW2.0なんかでは祈る対象の神様が、進行によってその本質を変えてゆくことが公式に触れられているけれど、アリアンロッドの七大神たちは少なくとも、PC達の6種族の信仰なんてどうでも良いことなのだ。なにしろ彼等は元々その使命が生まれながらに定められているのだから。
 そこでもう一つ気になるのが運命の大精霊アリアンロッドについて。
 アリアンロッドは人間(6種族)の力になりたいと願い、小神から大精霊になって運命を操る力を得て、その加護として人間達にフェイトを与えた。
 フェイトのルールを読む限り、判定を振り直すとか判定の際に使用して達成値を上げるって事は、要するに「このままじゃできないこと/失敗すること」をより良い方向に変えようとする力だと思われる。
 フェイトの使用上限値が幸運の値で決まるのは、この加護が身体能力や精神能力ではなくて、純粋に運命というパラメータに結び付き、偶然を引き寄せて不可能を可能にする力ってことなのだろう。
 ということは、フェイトは決められた/定められた宿命や、決まり切った結果に抗う力ではないかと考えることができる。
 極端な例だが、能力値で判定して達成値が20出ないと死ぬ、という状況にあるとして、初期作成のPCなら普通に判定する限りまず難しい判定の難易度だが、フェイト5点と幸運2~3の能力値があるだけで、決して無理な話ではなくなってくる。
 アリアンロッドは、人間達に自ら、さだめられた運命を切り開いて貰うことを望んでいて、フェイトという加護を与えた。そして銀の輪の大精霊は、それが人間たちにとって強い力になると信じていることになる。
 ……なんでアリアンロッドがそんな事をしたのかと理由を考えてみると、やはりあのゲームの最終到達点は神様に依らない世界ということなのかなあという結論になってくる気がする。

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