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【東方掌編】水底から見る山の頂

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「おんや、天狗様?」
 にとりが、とろんと酔いの回った顔でこちらに振り向く。そばかすの残る頬はほんのりと紅く染まり、帽子の下で結い上げた蒼碧の髪が、白いうなじに数本張り付いている。
 普段はおどおどと人の顔色を窺っては水底に逃げ込もうとするばかりの陰気な娘だが、今日の宴会の席はだいぶん彼女を解放的にさせているらしい。先程までの魔法使いとの語らいが弾んでいたことと無関係ではあるまい。
 案の定、私が一献を向けると、彼女は相好を崩して杯を開ける。思いの他良い感触を覚えた私は、そのまま彼女の隣に腰を落ちつけ、話を聞くことにした。
「鬼の話かい? ……わたしはまだ若造もいいところだからね、その頃の御山の事は大して知らないけど」
 そう前置きして、にとりは酒で唇を湿らせた。酒精に濡れた口元を手の甲で拭い、細い指で顎を拭う。
 どうも、やけに色艶を感じさせる仕草が目につくが、よくよく考えてみれば河童も天狗に負けず劣らずの好色な妖怪だ。普段の色気のない姿のほうが可笑しいのかもしれない。
「そりゃ色々あるさ。人づてにさんざん聞かされたし、怖がらされたよ。あいつらがいかに傍若無人で、傍迷惑だったか」
 よりによって『あいつら』呼ばわりと来た。高々と矜持を誇る事を旨とする天狗ですら、慎重に言葉を選ばざるを得ない妖怪の山の旧支配者を、にとりは酒臭い息を交えてそう評する。余程今ここで、同席している鬼達に喧伝してやるべきかと思ったものの、滅多にない機会と一時の爽快感を天秤にかけて、私は辛うじて自制する。
 あとで聞かせてやることにしようと心に決めつつ、いつもの3割増しで滑らかな彼女の弁舌に耳を傾けた。
「わたしらの集落はその頃、今よりもだいぶ河上にあってね。土蜘蛛の連中と揉めたりもしてたもんだけど……まあ、諍いが起これば大体、鬼がすっ飛んでくるわけさ。そんで、どっちもまとめてふっ飛ばされちまう。性質の悪いったらなかったらしいよ。……なにしろ、わたしたちにとってはどっちが河の領分を治めるかっていう、切実で正当性のある争いが、鬼が出てきた途端に酒の喧嘩になっちまうんだからね。憤るなって方が無理さ」
 河の水質汚染を巡る土蜘蛛と河童の確執は聞いたことがあるが、そこに鬼が絡んでいたのは初耳だった。
「河童の中にはどうにかしてうまいこと鬼に取り入ろうなんて考えてたやつらもいたみたいだ。けど、当の鬼がそんなことに欠片も興味がないと来たもんだから始末に悪い。長老たちが雁首そろえて、里じゅうの酒やら肴やらをかき集めて献上しても、その場でぺろりと平らげてそのままおしまい、便宜を図ろうなんてことは微塵も考えちゃくれなかったらしいから、非道い話さ。
 ……まあ、だからって土蜘蛛のほうに利があったって訳でもなくてね。あいつらも度々、血筋じゃ自分達のほうが鬼に近しいって、まあそんなことを言い張ってたらしいけど――鬼があいつらに肩入れしたことも一度もなかったんだ」
 ふう、と大きく息を吐いて、にとりは抱えた膝の上に顔を乗せた。 
「だからね、わたしには正直、鬼の事はよく分からない。怖いし、迷惑なのは確かだけどねぇ。……でも、爺様や頭領の話を聞くにつけ、その頃の御山も決して悪くはなかったって思うのさ。無理矢理に従えられてたわけでなし、贔屓されてた奴がいるわけでもない。ただ、山のてっぺんに鬼の親分が居たってだけで、それ以外は皆、似たようなもんだったんだ」
 その言い方は、いまの御山が生き辛い場所であると暗に言っているようなものなのだが、にとりに気付いた様子はない。
 実際その通りであるので、あえて指摘はせずに置いた。
 彼女の語る鬼の姿は、天狗の知るそれとはかなり異なる。天狗にとって鬼は、絶対的な力の象徴であり、自由を奪う傲慢で狭量な支配者だった。駆け引きを好まず、曖昧を認めず、力による単純な解決を好む鬼の性質に、天魔様を含む大天狗達が煮え湯を飲まされたことは両手の指にも余るという。
「……え? 鬼の事をどう思ってたかって? そりゃ、……まあ、正直、あんまり歓迎は出来ないかなあ。帰ってきて欲しいなんて言うつもりもないけど、窮屈になるのも御免だしね。
 でも、上手くやっててくれればいいなとは思ったよ。……どんな相手だって、他人の不幸を喜ぶのはおかしいだろう?」
 聞いてみれば、その答えはなんともまっすぐなものだ。河童の社会も天狗に負けず劣らずに歪んだものであるのは間違いないはずだが、この娘はその主流からは外れているらしい。これで次期頭領の候補であるというのだから、いずれ河童の里でもひと騒動起こることは想像に難くない。
 ――否、そうでなければそもそも外界と接点を持つこともないのだから、似た者同士なのも仕方のないことか。
「ところで天狗様、なんでまた急にそんな事を?」
 さて、どう答えたものか――しばし思案し、答えるのが面倒臭くなった私は、大声で彼女の居場所を鬼達に教えることにした。


 (続く?)





 このお話の続きのようなそうでないような。鬼に(正確には萃香について)皆に聞いて回る文、という昔書いていたプロットの焼き直し。
 ……にとりのキャライメージが最近だいぶ変わってきていて、少し修正。


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