スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【東方SS】蛍を呼ぶ甘露の罠・4

 ▼


「――いい覚悟ね」
 がちん、と引鉄を叩き落す擬音と共に撒き散らされる牽制の楔弾、追撃の光弾、風を切る向日葵を模した特殊大型弾。四季のフラワーマスターの弾幕は、瞬時にヤマメの元へとに押し寄せる。
「――っ」
 辛うじてそれをかわし、ヤマメも負けじとスペルカードを構えるが――それよりも早く。幽香の手元で膨大に膨れ上がった魔力の奔流が、恐ろしいほどの滑らかさで解き放たれる。
 閃光の射手(マスタースパーク)。
 いまや白黒の魔法使いの代名詞となったそのスペルの、原型となる純粋魔力の閃光。
 視界を真二つに薙ぐ煌々とした輝きが、爆音を轟かせ土蜘蛛を光の奥に飲み込んだ。
「ヤマメっ!?」
 リグルの悲鳴が、焼け焦げた森の一角に響く。
「ほ、本当に問答無用だねっ!?」
 視界を埋めた閃光が過ぎ去る土埃の中、煤けた頬を拭い、ヤマメは焦げた地面の下から飛び出した。
 ……グレイズ失敗、被弾1。直撃寸前で近くに掘り抜いていた地底との連絡孔に避難したのだが、幽香の一撃は地面ごとヤマメのいた場所をえぐり取っていた。
 残機を減らしたヤマメは、なおも繰り出される幽香の弾幕から安全地帯を求めて上空へと逃れる。
 この短時間の攻防の間に、空中での姿勢制御と移動に使っていた蜘蛛の巣の大半は幽香に焼き払われていた。
 羽根をもたないヤマメは、伸ばした糸を風に這わせて宙を浮遊。辛うじて空中での移動手段を確保する。
「まどろっこしいのは嫌いなのよね」
 今度はそれを追うように、大地がうねった。とん、と幽香が閉じた傘先で地面を突くと、土塊を跳ね散らかして異常成長した草木の根が、大蛇のようにヤマメへ襲い掛かる。
「うわ!?」
「これもあげるわ」
 脚を絡めとられてバランスを崩したヤマメめがけ、追い打ちとばかり、撫子にも似た十字の花弁を模した弾幕が放たれる。
「っ、罠符『キャプチャーウェブ』っ」
 緊急回避のスペルカード宣言で放った蜘蛛の糸を繰り、展開する弾幕の外へと逃れるヤマメだが、それでなお完全回避には至らない。
 スペルカード同士ですら正面から威力で押し負かす、それが風見幽香の底知れぬ実力のほんの一端だ。
 息もつかせぬ連続攻撃に重ねて、幽香はここで初めて手札を切る。
「……花符『幻想郷の開花』」
「しょっ、瘴符『フィルドミアズマ』っ!」
 ヤマメは焦りとともに残り少ないスペルカードを対抗宣言した。瞬間、どうっと溢れた紅い瘴気があたりを満たす。
 毒々しい紅の正体は、起死回生の一手を狙ってヤマメが展開した不定形の瘴気を伴う弾幕。
 だがしかし、幽香は高出力の火力弾幕で、押し寄せる瘴気すら無造作に灼き切ってゆく。
 風見幽香の真骨頂は、スペルカードに拠らない強力な高火力の通常弾幕だ。緻密に計算されたものとはまた違う、ただ相手の内懐に力強く一手を打ち込んでゆくだけの単純なもの。だが、その一撃一撃が必殺の威力を備えるため、回避は非常に困難だ。
 撃ち込まれるたび轟音と閃光を撒き散らす重火力は、着実に相手の機動力と残機を奪い去ってゆく。
 晴れた霧の中、幽香は悠然と変わらぬ姿で立ち、爆風に吹き飛ばされ、ボロボロになって膝をつく倒れ伏すヤマメを見下ろしていた。
 四季のフラワーマスターは嗜虐心をたっぷりと乗せた笑みで、傘の先端をつい、とヤマメの頭に押し当てる。
「それでおしまい?」
「――…………」
 俯いたヤマメは答えない。
 最後の一手も不発となり、もはやなすすべなく敗れ去るしかない土蜘蛛の無惨な姿は、運命や未来など読めずとも容易に想像できた。
「幽香さんっ、もうやめて! やめてあげてってばっ」
 ヤマメの危機を感じ、裂かれた服を掻き寄せてリグルは幽香にしがみつく。が、四季のフラワーマスターはそれを意に介さず、ヤマメの襟に傘の先端を絡め、軽々と宙に吊り上げた。
「あら? まだまだこれくらいで音を上げてもらっちゃ困るわ。ねえ?」
「ぅ……」
 だらりと手足を垂らして苦しげに呻くヤマメを見下ろし、幽香はくすりとサディスティックに微笑む。
 容赦なし、手加減なし、温情なし。それが風見幽香の弾幕ごっこのルール。
(駄目、っ)
 無抵抗のヤマメに、さらに追撃の弾幕を浴びせようとする幽香のしぐさに、リグルはぎり、と歯を軋ませて叫ぶ。
「幽香さんっ!」
 悲鳴を呑みこんで、リグルが激昂のままスペルカードを宣言しようとした、その時。
「……っ、ごほっ、」
 ふいに、
 幽香は唐突にむせ出し、口を押さえた。
 咳に身体を震わせ、ふらりと傾いた体を支えようとした足がたたらを踏む。
「っ、あ、ぐ、っは、ごほっ……っ?!」
 咳を飲み混もうとしたところにもう一度咳がかさなり、幽香は大きく背中を丸めて傘を取り落とした。
「今だっ」
 幽香の手元が緩んだのを見逃さず、ヤマメはフラワーマスターの腕を払いのけた。先程までのぐったりした様子が嘘のように、土蜘蛛は素早く地面を跳ねて幽香から距離を取る。
「ヤマメ!? ゆ、幽香さん?!」
 事態から置いてきぼりのリグルは、二人の間で戸惑うばかりだ。
 幽香はなおも続く咳と鼻奥を焼く掻痒感に喘ぎながら、血走った目に涙を滲ませる。
「っ、ごほ、ごふ、げほっ……!」
 霞む視線は、いくら擦ってもまったく収まらない。喉と鼻奥でちりちりと焼けるような鈍い痛みがフラワーマスターを襲っていた。
 咳き込み、えづいて、身体を折るようにして何度も肺の中の息を吐き出し、とうとう涙までこぼして、幽香はようやく目の前の相手の能力に思い至った。
 地上より排斥された、忌み嫌われた妖怪、土蜘蛛。
 彼女が持つのは、『病を操る程度の能力』。
「貴方、まさか――」
 ぎりっ、と奥歯を軋らせてヤマメを睨む幽香の手足に、繰り出された細い蜘蛛糸が絡み付いてゆく。幽香の力に比べれば脆弱な強度でしかないはずのヤマメの糸を、幽香の鈍った四肢は引き千切れない。
「…………っ」
「油断したわね。効きが悪かったから、ちょっと怖かったけど――」
 慎重に距離を測り、ヤマメは幽香を拘束する糸を絞り上げた。1BOSSの面前で膝をつくという己の失態に四肢をわななかせて抗おうとする幽香だが、こみあげる苦痛と身体を蝕む熱がそれを許さない。
 幽香の強みは、強大な実力に裏打ちされた圧倒的な火力。視界を埋め尽くす絢爛劫花の弾幕で、相手の回避軌道を残らず焼き尽くす重火力の固定砲台だ。
 反面、弾幕の分厚さ、密集度合いゆえに相殺合戦で撃ち負けることは殆どないと自負しているため、幽香自身は積極的に回避や移動をすることは少ない。それは、フラワーマスターが自分から戦場を移すことがないということを意味し、必然、ヤマメが仕組んだ罠の中に留まり続ける結果となった。
 それでも、幽香には少々の障害なら踏み潰して蹂躙する自信があったが――
「毒には慣れてたみたいだけど、病気のほうは苦手だったみたいね。
 ……『枯草熱(hay fever)』って言うの。
 とっておきよ? 貴方みたいな花の妖怪には最適な、緩慢に死に至る病。言っておくけど、完治の方法はないわ。不治の病だから、これ」
 ヤマメは、弾幕ごっこが始まった瞬間から、幽香の周囲に濃い病毒のフィールドを張り巡らせていた。とどめの『フィルドミアズマ』はそのカモフラージュ。
 土蜘蛛がありったけの力を注ぎ込んで作り出した瘴気領域の最深部に長時間留まり続けた結果、さしもの風見幽香もついに発症に至ったのだ。
「……っ」
 油断無く糸を絞って、幽香の反撃――喚起しようとした植物の異常成長を押さえ込み、ヤマメはさらに続ける。
「あなたがリグルをどう想うかなんて、私が口に出すことじゃないけど。でも、私の思いを邪魔する権利なんて、あなたにはない」
 まっすぐに。
 最強の妖怪から、目をそらすことなく、ヤマメは言う。
「風見幽香、今すぐここから立ち去りなさい」


  ◆ ◆ ◆


 花の香りだけを、後に残し。
 その姿が小さくなって森の奥に消え、さらには気配さえも途絶えてなお数十秒。ようやく張り詰めていた気を緩め、ヤマメは大きく大きく息を吐いた。
「……し、死ぬかと思った……っ」
 その場に、どさりと尻餅をつく。鼓動が跳ね、冷や汗が全身を浸し、冗談のように震え出す手足は、すっかり言うことをきかなくなっていた。
 実際、去り際の幽香の殺気は凄まじく、真正面から見つめられるだけで肺が絞り上げられるようなプレッシャーだった。最後はもう震えそうになる脚を支え、絶対的な優位をとったのだと虚勢を張るのだけで精一杯。あのままさらに一手詰めることは絶対に不可能だった。
 弾幕ごっこではない、妖怪としての能力で相手を追い詰めたのだ。あそこで幽香がはっきりと不利を悟ってくれるだけの冷静さを残していなければ、あのままヤマメは容易く引き裂かれていたに違いない。
「ヤマメ!?」
「だ、大丈夫。平気。ちょっと気が抜けただけ……」
 駆け寄ってくるリグルに頷いてみせて、ヤマメはそっと目元をぬぐう。
 枯草熱(こそうねつ)――などと大層な名前が付いてはいるが、アレは感染症でもなんでもない、花粉症の別名だ。
 花の妖怪が花による病気なんかに罹るわけがないが、風見幽香の持つ能力、花を咲かせる程度の力が生来のものではないことを逆利用した結果、ヤマメの策はうまく効果を表した。
 しかし彼女の本質はそこにはないのだから、幽香が花を咲かせる気まぐれを止めればすぐに回復するだろう。
 そのうえで、恥をかかされたと逆上するか、たとえ一時の虚勢でもそれに騙された自分を恥じて口をつぐむかは、最強を自負する彼女の器にかかっている。
 できれば後者がいいなぁ、とヤマメは胸中でこっそりとつぶやいた。傍らで涙を浮かべているリグルを見上げ、声をかける。
「大丈夫?」
「ヤマメ……どうして? なんで、そこまでして……私のために?」
 ああ。
 さっきの答えはきっとこれだ、と思いながら、ヤマメは地面に落ちたプレゼントの汚れを払い、そっと抱え上げた。
 無惨に踏みつけられた包装の下から、燐粉の輝きを彩った布地が覗いている。
 中身は、何度も何度も失敗しながらエンゼルヘアーで縫った、黒蝶をモデルにしたナイトドレス。
 それを手に、ヤマメはリグルに微笑む。
「えっと、その、……リグルが――」
 いつの間にか、蜘蛛の巣に掛かっていた。
 治りそうもない病に、罹っていた。
 美しい羽根を夜空に拡げ、軽やかに飛ぶ少女の姿を思い描き、ヤマメはリグルの肩にドレスを掛ける。
「リグルのことが、好きだからじゃ、……理由にならない?」
「……!」
 まるで、花がほころびるように、たおやかに。
 答えてはにかむヤマメに、リグルは言葉を失っていた。
「恋の病は、治らないものだもの」
 いつしか――あたりには虫や小鳥の囀りが戻り。
 他に誰も居なくなった森の中で、どちらからともなく――ふたりはそっと寄り添い、指を深く絡めあっていた。


  ◆ ◆ ◆


 まだ冷え込む春先の夜、里のはずれにぽつんと灯る水銀灯が、ここ最近の八つ目鰻屋の目印だ。
 そのカウンターで、熱燗に自家製ロックアイスを浮かべた夜光杯の縁をくわえ、チルノがぼやく。
「あーあ……。最近リグルってば付き合い悪いよなー」
「しょうがないよチルノちゃん」
「わかってるけどさー」
 酒精でいくらか頬を紅くしつつ、杯を空けて口を尖らせるチルノ。もちろん、チルノだってリグルのことを責めているわけではない。
 ただまあ、なんというか毎日毎日あれだけ見せ付けられていれば愚痴のひとつも言いたくなるというもので、それはおおむね全員が同意見だった。最近の集まりがいつもの広場ではなく、もっぱらミスティアの屋台になってしまったのもそのあたりが理由である。
「ホント春よね。冬なのにねー。……はー、私にもなんかあーいう出会とかないかなぁ」
 こちらもすっかりお腹いっぱい、胃もたれの表情で、割烹着姿で調理台に突っ伏すミスティア。
 そこへルーミアがやや焦げ気味の脂の乗った焼き串をはむはむごくんと飲み込んで、
「……あれ? いつものお客さんは違うの?」
「ぶっ!? な、何言い出すのよいきなり!? あ、あんなの違うに決まってるじゃないっ。あ、あれはその……」
「あーあー。ごちそうさまなのかー」
「違っ!?」
「違うのかー? じゃあ、……みすちーは食べてもいいの?」
 宵闇の妖怪はにぱぁと笑顔のまま、ミスティアをじっと見つめてじゅる、と涎を啜る。
「いやぁーっ!?」
 もはや定番のやり取り。抵抗空しくカウンターの上から飛び掛かられ、がぷ、と頭にかじりつかれるミスティアの悲鳴が夜闇に響く。
「あーあ。春真っ盛りだなー」
「そうだね……」
 振り仰いだ遠くの夜空、瞬く淡い光の群れとともに、とっておきのナイトドレスに装って夜空の空中散歩をする恋人たちを見上げ。
 おてんば恋娘はしょうがないなあ、とつぶやきつつも、満面の笑顔で、大妖精と掲げた杯を打ち鳴らした。


 (了)





 力量も無いのに6人も7人も動かそうとするといろいろボロが出ますよね、といういい例です。
 いま振り返ってみるとまあよくあるネタのオンパレードです。正確なところアレルギーの抗体反応であるところの花粉症をヤマメが操れるのかとか際どいところが山ほどありますが、生温かく見逃して頂けると幸い。

 一応この後日談も書いたりしましたので、そのうちに。

コメント

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL

http://oruhazaka.blog28.fc2.com/tb.php/1420-5fd925c0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。