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【東方SS】蛍を呼ぶ甘露の罠・3

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「――――っ!?」
 ぴぃん、と触覚を跳ねさせ、突然『気を付け』をするように背筋を伸ばしたリグルを、ヤマメが心配げに見つめる。
「どうかしたの?」
「え、あ、……その、なんだか猛烈に嫌な予感が」
 このところすっかり不幸センサーと化したリグルの触覚だが、往々にしてそれが不幸を察知した時には手遅れという、実に役に立たない代物だ。今回も同様、リグルが言葉を終える前に、周囲の森に唐突に変化が訪れていた。
 これまでは休むことなく聞こえていた小鳥の囀りや蟲の声。そうしたものが一斉に消え失せ、痛いほどの静寂があたりに満ちる。
 次の瞬間、まるで突風が吹きつけるように木々が唸りをあげた。
 ざん、と巨人が荒々しく森をかき分けるように――あるいは、幾百の樹齢を重ねる木々がおのずから支配者たる『彼女』に道を譲るように。重なる梢が、枝が、うねりざわめき、左右に押し開かれてゆく。
 大気すら震わせる威圧感を伴って、彼女はそこに居た。
 鮮やかな赤いチェックのスカートに、袖がまぶしい白いブラウス。その上には同じ格子模様のベスト。リグルと同じ緑の髪。
 拡げた薄いピンクの傘の下、ずたぼろのチルノを引きずりながらの微笑がいっそ清々しいくらいの威圧感を伴っている。
(ぁあああああ!? やっぱりぃい!?)
 ――四季のフラワーマスター、風見幽香。
 通り名こそさりげなくミスティアに似てはいるものの、その危険度、能力、全てがけた外れの妖怪であった。
(な、なんでこんなところにっ!?)
 嫌な予感がものの見事に的中したことに焦るリグルの背中を、冷や汗が滝のように流れ落ちてゆく。けして後ろめたいことなど何もないはずなのだが、ヤマメを背中にしているだけでリグルはなぜだか猛烈な後ろめたさを覚えてしまっていた。
 ちらり、と視線を脇に向ければ、そこには残機を減らした友人たちが、死屍累々と無残な姿で転がっている。
(――ひぃいいい……!?)
 喉奥に湧き上がる必死に悲鳴を飲み込みながら、リグルは恐る恐る幽香に声をかけた。
「ゆ、幽香さんっ?」
「ずいぶん楽しそうね?」
 動かないチルノを皆の上に放り捨てた幽香の視線は日傘の下に隠れてよく見えない。けれどその赤い唇が、にぃ、と三日月のように弧を描く。
 表情こそ笑ってはいるが、笑みの要素なんて一ミクロンも含まない笑顔に、リグルの背中に怖気が走る。
(お、怒ってるっ。ものすっっっっごい怒ってるよアレ!?)
「……ねえ? そこの子、新しいお友達? 私にも紹介してくれるかしら?」
「リグル、こいつ誰?」
 しかし、こともあろうにそんな状態の幽香を前に、空気を読んでか読まずでか、ヤマメははっきりと不快感をあらわにしていた。
「や、ヤマメっ!?」
「大した用事じゃないならあとにしてよ。ひとがお話ししてる時に、礼儀がなってないんじゃないかねえ?」
「あら。変ね? その子があなたと楽しくお喋りしてたようには見えなかったけれど?」
「っ……」
 幽香の言葉に歯を軋ませ、ヤマメは視線を険しくする。
「『あんた』じゃない。黒谷ヤマメ。地底の妖怪よ」
「ああ、そうなの。あの鬱陶しい地底の、ね」
「……そうか、あんたが風見幽香ね? 聞いたことあるよ。有名ないじめっ子だってね。あのさ、今日はお呼びじゃないから、普段どおり花畑に篭もっててくれない?」
「ふうん……」
 ヤマメと幽香。リグルを挟んで相対する二人の間で、火花を散らすような鋭い視線がぶつかり合う。
(な、なにこれ、なにこの異空間っ!? 私置いてきぼりじゃないっ。虫だけに蚊帳の外ってこと? ……あ、今私上手いこと言ったかも。ってそうじゃなくて!?)
 リグルは先程までとはまた別の混乱の最中にあった。いや、あくまでも彼女が事態の中心であるのは確かなのだが。
 ……というか。
(同じ1BOSSなのになんでよりにもよって張り合おうとしてるのかなこの子はっ!?)
 異変の表舞台に立つことこそ少ないが、風見幽香の強さは誰もが認めるところだろう。『花を咲かせる程度の能力』という一見些細なものに聞こえるチカラで、疎密や境界というものを支配する大妖怪と十二分に渡り合うのだ。
 しかもその能力すら、彼女生来のものではなく、ただの戯れで操っている、余興のようなものに過ぎないという。
 そんな四季のフラワーマスターと真っ向睨み合っているヤマメに、リグルは気が気ではない。
「で、もっかい聞くけど何か用なの? いま取り込み中なんだけど」
「ええ、あなたじゃなくてその子のほうにね。『いつもみたい』に『ふたりだけ』でお話をしようかと思ったのよ」
 殊更に。
 一部を強調した言葉に、感情を逆撫でされたヤマメの表情が強張る。
「ああ。別に私は『夜でも』構わないわよ。『この前みたい』にね」
 余裕をたっぷり覗かせる口調で、幽香は小さく、ぺろりと唇を舐め、
「ああ。それと――。『あの時』汚した服、ちゃんと取りに来てね?」
「…………!」
(うぇああああ!?)
 明らかに空気を変える一言に、リグルは震え上がる。
 いや、弁解させてもらえば確かに服が汚れたのはそのとおりなのだが、あれは断じてそのような一般的に言われるところのやましいことがあったわけではなく、頼まれて運んでいった蜜の瓶が割れてしまって、その、それがあれでああして結果的にいろいろともう言葉を尽くせないようなひどい事になってしまったからで――
 リグルが答えに窮しているうち、ずかずかと近寄ってきた幽香は、有無を言わせずにリグルの身体を引き寄せ、後ろから抱きかかえる。
 す、と傘の下に覆われて暗くなった小さな日陰から、赤い口元が細く開き、ぞろりと生え揃った牙が、ヤマメを威嚇した。
「解ったかしら。この子とは私が先約なのよ」
「ゆ、幽香さんっ!? ……むぐっ!?」
 無理やり抱き寄せられたリグルの膝からプレゼントの包み滑り落ち、叫ぼうとした唇には甘やかに香る幽香の白い指が突っ込まれる。
 花の蜜か、花粉か――頭をくらくらさせるほどの甘さに、リグルの意識がくらりと揺れた。
「ちょ、ちょっと、あんたねえっ」
「病気だらけの蜘蛛なんか食べても美味しくないし。見逃してあげるわ」
 そう言ってヤマメを無視し、幽香はリグルの胸元に指を伸ばして、ブラウスのボタンをぴん、ぴんと爪で弾いてゆく。
「ふあっ……!?」
 肌をあらわにされる羞恥に、たまらず身をよじるリグルだが、幽香は抵抗を許さない。さらに、力強い指が容赦なくリグルの柔肌をまさぐってゆく。
「や……だめっ……」
 服の内側にひやりと外気を感じ、リグルは顔を赤くさせ、もがくが――幽香の腕を跳ねのけることはかなわない。暴れる彼女を抑えつけた幽香の靴が、ぐしゃ、とプレゼントの包みを踏みつけた。
「ゆ、幽香さんっ、やめてっ……」
「あら? 恥ずかしいの? なぁに、この前はあんなに可愛い声聞かせてくれたのに」
「ち、違!?」
 まるで見せつけるように押し開かれたリグルのブラウスの隙間から、ほんのりと色づいた胸の先端の突起が覗く。そこで幽香はちらり、とヤマメのほうを見やった。
「ねえ、あなたも聞きたいかしら?」
 嗜虐心を露わにした、風見幽香の笑み。
 それに対しヤマメは、真剣な表情で――
「………………………………………。
 …………………。
 …………。
 ………。
 ……そ、そんなことないわよっ!」
「いや即答しようよそこはさ」
 たっぷり30秒くらい迷ってからようやく返事するヤマメに、思わず自分の状況も忘れて突っ込むリグル。
「と、とにかく! やめなさいっ、リグルが嫌がってるじゃないっ」
「違うわ。この子は、こういう風にされるのが好きなのよ。そうじゃなかったらこうされるのがわかってて、私のところに来るわけないじゃない。ねえ?」
 朝顔の弦のようにしなやかな手指はリグルの頬に触れ、ついと伸びた薬指が濡れた唇をなぞる。
 花の蜜を湿らせた指先は、柔らかな唇を滑って、強引に押し開け、そのままその奥の白い歯をこつりと叩いた。
「んぅっ……」
「ほら。ね?」
 声も出せずもがくリグルの耳元で、艶っぽく囁く幽香。
「ど、どう見たっていじめてるじゃないっ」
「ふふ。そんなことないわ」
「ッ、やめろって、言ってんでしょおぉ!」
 とうとう辛抱の限界を迎え、ヤマメは本性を露にしてがぁっと牙を剥いた。鋭い蜘蛛の爪を覗かせ、複眼を開いてぎん、とまっすぐ幽香を睨む。
「やっぱあんたのこと、すっっごく気に入らないわっ! すぐにリグルから離れて! はやくっ!」
「嫌よ。この子は私のだもの」
 意地悪な表情で素っ気なく答える幽香に、ヤマメはさらに怒りを募らせた。
「……っ、さっきから、聞いててすっごい腹が立つんだけど! たとえリグルの気持ちが本当にそうなんだとしても、リグルの名前もちゃんと呼んであげないような奴に、そんなこと言う資格ないわっ!」
「……へえ」
 激昂のままにヤマメが叫んだその一言は、何やら特別の地雷だったらしい。
 特段何か表情を変えた様子もない幽香は、無造作に傘をくるん、と回し、その先端をヤマメに向けた。
 同時、傘の端を起点にして閃光のように無数の楔弾が弾け飛ぶ。それは爆音とともに円形に幾重にも重なり、まるで色鮮やかに花開く花弁のように辺りを満たした。
「うひゃぁああ!?」
 スペルカード戦の合意すら無視した突如の弾幕が、自分の身体を抱えてへたり込んだ半裸のリグルの周囲に降り注ぐ。風を切り地を穿つ弾幕は、その一発一発がリグルが渾身で撃ち込む弾の威力すら上回っていた。
 が、
 そんなリグルを、白い糸がふわりと絡め取る。折り重ねられた強靭な糸は、膜を編んで抉り跳ねる土埃を遮断し、リグルを優しく包み込んだ。
 その一方で大きく跳ねて距離をとったヤマメは、宙空にぴたりと静止する。
「ようやく本性見せたわね性悪妖怪っ!」
 よく見れば、あたりには既に無数の糸が張り巡らされ、森の中の狭い視界を切り取っていた。糸の上を跳ねるように移動し、ヤマメは両手の爪を覗かせて、幽香の弾幕をかわし、反撃の楔弾幕を撃ち放つ。
「人の恋路を邪魔する奴は――」
 無造作に傘を広げ、それを撃ち落とす幽香にびしりと指を突きつけ、
「馬に蹴られて死んじまえ!」
 ざわり、と舞い揺れる糸を揺らして、ヤマメは叫んだ。



 (続く)

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