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はるはる・10

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「えぐっ……ひぅ…あむっ……はぐっ」
「…………」
「…………」
「…………」
「あぐっ…はむ……あむっ……ずずっ……ぅわーーんっ!!」
 一人の涙声と、なんともいえない沈黙が食堂を支配していた。テーブルの上には湯気を立てる水炊きがくつくつ煮え、美味しそうな匂いを漂わせている。
 そんな中、涙を拭いながら一心不乱に鍋に向かう一之瀬さんの姿があった。
「なあ、景。……その、あれは喜んでいるのか悲しんでいるのかどっちなんだろうな? なんなんだこの罪悪感は」
「僕に聞かれても」
 実に実に微妙な空気が場を支配していた。天井に提げられた『がんばれ一之瀬さん』の垂れ幕の文字が哀愁を誘う。
 号泣しながらもまったく食べるペースの衰えない一之瀬さん。まるで何かの罰ゲームのような有様で、僕達は既に部屋の隅に集まってその様子を遠巻きに眺めるのみだった。
「何か苦手なものでもあったんじゃありませんか?」
「……一応、家事担当として住人の好みは一通り把握しているつもりなんだが。別段、無理に食べている訳でもないようだしな」
「えぅっ……ひっく……はぐっ、あむっ……っくんっ」
「何も言わずにあれだもんね。嫌々って感じじゃなさそうだけど」
 一之瀬さんは一心不乱に次から次へと箸を動かしてゆく。6人前ちかくあったテーブルの上は、はや半分以上片付き始めていた。
「大食い選手権の決勝あたりを彷彿とさせますね」
「あー、そうか。どこかで見たことあると思ったら。それだったんだ」
「暢気なことを言っている場合かふたりとも。いいのか放っておいて」
 頭を抱えつつ、夕がつぶやく。
「確かに。全然励ませてないよねこれ」
「結果的にはよかったのかも知れんが、過程がこれではダメだろう」
「でも、具体的になにかするんですか?」
「…………」
「…………」
「ずずっ……あぐっ、はぐっ、んむっ……っく……うぅ……うわぁーーんっ!!」
「うわ、また泣き出したっ」
「だからどっちなんだ一体……わからんぞっ!!」
 なんとも締まりのない状況のまま、特に劇的な変化もなく夜は更けてゆく。


(続く)

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