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例大祭8

 reitaisai8.jpg
 5月8日に開催される「第八回博麗神社例大祭」に参加します。
 か-36b「折葉坂三番地」にてお待ちしております。

◆例大祭8・新刊
 例大祭新刊表紙
 新刊:「メレトリックス・ルソリア」A5折本、28ページ 100円
 三月精での蜃気楼騒動から少し後。幻想郷に突如として出現した“海”を訪れる魔理沙達。けれどその海にはなにか不思議な気配があり――。魔理沙、霊夢ほか数名による少々特殊な潮干狩りのお話。

◆幽明櫻に・新刊
 墨染の君表紙
 新刊:「華胥の櫻、墨染の君」A5折本、32ページ 100円
 春雪異変から数年。いまもなおどこかで西行妖の事を気にしている幽々子を想い、冬の櫻に春をもたらすため奔走する妖夢のお話。
「幽々子様が時折見せる西行妖への未練が、私には辛い。
 だから――これは私の我儘だ」


◆幽明櫻に・新刊
 鬼退治二版表紙
 新刊:「魂魄妖夢鬼退治・第二版」A5折本、40ページ 100円
 鬼退治のため地底に赴き、勇儀と戦う妖夢のお話。
 昨年の幽明櫻で頒布したお話の改訂版。

◆既刊
 ケイヴァリット表紙
 既刊:「ケイヴァーリットの多世界解釈」A5折本 48ページ 100円
 月の土地と前世紀のアポロ計画をめぐる、秘封倶楽部38万4000キロの旅。科学世紀のカフェテラスで頒布したものです。




↓下記2冊は残部が少ないため、ご希望される方への取り置き優先という形にしたいと思います。拍手かコメントでメッセージをお送りください。

既刊:「幻想科学ティータイム -'Phantaphysics Girls' talk-」
     A5折本 24ページ 100円

 幻想郷にやってきた秘封倶楽部の二人が、阿求と一緒に里で幻想郷の日常を過ごすお話を2編収録。割と原作設定とかガン無視の短編集。境界からの外界・科学世紀のカフェテラスで頒布したものです。

既刊:「幻想科学スィートタイム -'Phantaphysics Girls' Love-」
     A5折本 16ページ 100円成年指定

 蓮メリちゅっちゅ本。年齢指定でありますので注意。境界からの外界で頒布したものです。




 サンプル等はこちら↓にて。



◆「メレトリックス・ルソリア」サンプル

 【1】

 緩む寒さと共に山頂を覆っていた根雪もすっかり消え、草木萌え動ずる雨水の末。
 眠気を誘う穏やかな春の中、大結界の要たる博麗神社の境内から幻想郷を一望する枝の上で、伊吹萃香は杯を呷る。
「んー。春だねぇ」
 自前の伊吹瓢箪は腰に下げ、代わりに手にした杯には澄んだ白酒(しろき)。そこに開いたばかりの桃の花を刻んで散らした酒は桃花酒とも呼ばれ、春の甘い香味を愉しむものだ。
 元来、邪気を払う霊酒(ネクタル)であるが、古今稀に見る酒豪の鬼にあっては些細なことであるらしい。
 杯の中に揺れる白い花に、ふと萃香は呟いた。
「……あいつも元気でやってるのかな」
 追憶の中、いまはここにはいない相手に向けて杯を掲げると、萃香はそれをくいと呷る。一息に呑み干した朱の杯の底には小さな桃の花欠が一枚。
 喉を滑り落ちる酒精に、萃香は満足げに眼を細めて、ほんのりと紅らんだ頬を緩める。
 生命の芽吹く春の穏やかさの中、高い空をさえずる鳥の声、ちらほらと緑萌える木々を感じ、萃香はごろんと背中を枝に乗せた。心地よい酔いに任せ、うつらうつらと船を漕ぎ始める。
 ……しばし、そうして微睡(まどろ)んでいただろうか。
「……ん?」
 転寝の中にわずかな違和感を覚え、小さな百鬼夜行は片目を開けた。
 いつの間にか、小鳥たちの囀りが途切れていた。
 遠く幽かな地響きが枝を揺らす。薄れた春の気配の中、どこからともなく、小さな波の音が聞こえはじめていた。





 【2】

「よー、邪魔するぜ」
 春の陽気を受け蕾を開く桃の香の中、稗田邸の門を叩く声がある。……否、来訪者がやってきたのは阿礼乙女の書斎が面した、邸内の中庭だ。
「阿求、いるかー?」
「騒がなくても聞こえてますよ」
 障子を引き開け稗田阿求がやれやれと出迎えた先、桃の枝上から縁側に顔を出したのは魔法の森の白黒魔法使いだ。ぴょんと愛用の箒から飛び降りた霧雨魔理沙は首元のマフラーを外し、暑そうにぱたぱたと帽子で顔を仰ぐ。
「いやぁ、朝は寒かったから厚着してきたんだが、今日はやたらに暖かいな」
「せめて玄関から訪ねてきて頂きたいものですが」
「今更知らん仲じゃあるまい? 省ける手間は省くべきだぜ」
「親しき仲にも礼儀ありという言葉もありますけれど?」
「まあまあ、急用なんだから大目に見てくれ。ちっと聞きたいことが……ってなんだ、ブン屋もいたのか」
 言いかけた魔理沙は、部屋の中に先客の姿を見つける。
 お茶を啜りながら完璧な営業スマイルを浮かべるのは、里に最も近い天狗、射命丸文。その名の通り、部屋の中ですっかりくつろいだ様子だった。
「ふむ。さすが魔理沙さん。いつもこうしてあちこちの乙女を訪ね歩いては誑かしているという訳ですね?」
「言ってろ」
 文の揶揄を受け流し、魔理沙はしかし、と呟いて、
「なら尚更都合が良かったな」
 あがるぜ、と声をかけ、魔理沙は靴をぽいぽいと脱ぎ捨てて、座敷に踏み入れた。脱いだ帽子くるんと回し、縁側に立てかけた箒の上にひっかける。
「聞きたいってのは他でもない、例の長太(ながふ)の大蛤の話なんだが」
 魔理沙はスカートのポケットの中から、すこし色の褪せた新聞を取り出した。三つ折りの紙面は、他でもない文の手によるものだ。
「……ああ。先日の記事ですか?」
 ――『里の上空に虹色の空中都市現る!』
 紙面には大仰な煽りの題字と、あまり中身のない文章、そして一面をでかでかと飾る虹色の楼閣の写真がある。例に漏れず、天狗らしさ満載の内容だった。
 夏に撒かれた号外には、天上に突如出現した楼閣と、崖崩れで露になった古い時代の地層から、貝の化石と一緒に大蛤が姿を見せたという事が記されている。
「蜃(はまぐり)能く気を吐いて楼台を成す、ですね」
 記事を覗きこみ、阿求は頷く。
 この時現れた楼閣というのは、光の屈折によって生まれる上位蜃気楼であり、それを産み出したのは幻を吐く大蛤の妖怪、蜃(しん)であった。
 この妖貝の吐き出した幻影の楼閣を、異変と勘違いして巫女が探し回るというひと騒動があったのだが――
「その魔術師(ガンダルヴァ)の城の素だが、話の種に見に行ってみようと思ったんだが、どこに行っても見当たらないときた」
「おや」
 ぴくんと文が片眉を跳ねさせる。
「おかげであっちこっち飛び回る羽目になってな。途中でお前んとこの白狼天狗やらに追っ掛けられてな。まあ鬱陶しいったらなかったぜ」
「おかしいですね。あれは記事の通り、鏑沢の崖崩れの下で息を吐いていたはずですが」
 無いもんは無いんだぜ、と魔理沙は肩をすくめる。
「それで、何か知らないかって思ってな。誰かが持っていくにしてもあの馬鹿でかい図体じゃ難儀するだろ?」
「……ふむ」
 二人の話を聞いていた阿求は腕組みをして、傍らの書架から一冊の本を机上に広げる。
「こちらをご覧いただけますか?」
「なになに? 『海旁蜃氣――」
「確かに蜃気楼とは、文字通り蜃の吐く気が象る幻なのですが、別に海だけで見られる現象ではありません。
 この『海旁蜃氣象樓臺 廣野氣成宮闕――海旁の蜃気は楼台を象り、広野の気は宮殿を成す』というのは『史記』天官書第五の一節ですね。ここにもある通り、山で見られる蜃気楼は広野の気より生じるとされ、海で見られる蜃気楼とは違うものとされているのですよ」
 こほん、と小さく咳払いをひとつ。
「蛤というくらいですから、蜃は海の生き物と考えるのが自然でしょう。であれば海の外で生きるのは難しいはずです。今回は、たまたま古い地層から生きたままの姿で発掘されたわけですが――」
「ほほう。長太の大蛤は、海のない幻想郷じゃ生きていけないというわけですね」
 いつの間にか、文も取材用の手帖を捲りながら参加している。
「ってことはなんだ。どっかで干からびてるのか?」
「曲がりなりにも年経た妖貝ですから、はっきりとは言えませんが――この記事が書かれてからもうだいぶ経ちますしね。生存は望み薄ではないでしょうか」
「水ならそこらにも沢山あるぜ? 蛤ってのは湖じゃ生きられないのか?」
「それは愚問ですねえ魔理沙さん。人間に真水の代わりに塩水を飲んで生きていられますか、と聞くようなものですよ」
「貝の中には淡水生のものもありますけれど、蛤はそうではないようですね」
 阿求が補足する。
「なんだ。結局草臥れ儲けか……。」
 つまらんなー、と頬を膨らませ、魔理沙は机の上にぺたりと突っ伏す。
「せめて一目見たかったぜ」
「いやいや。山への不法侵入を咎めないだけ有難いと思って頂きたいものですが」
「どうせ、命令なんざ真面目に守る気もないんだろうに」
 横目で見やる魔理沙に、文は答えずにこりと微笑むのみ。
「まあそんな訳で喉が渇いたぜ。熱いお茶が一杯怖いな」
「まったく、大したものですね」
 魔法使いの図々しさに呆れつつも、阿求は使用人を呼ぶために卓上の鈴を鳴らす。しかし、邸内にりんと響いた鈴の音にも、一向に返事がない。
「……? ちょっと失礼します」
 首を傾げ、阿求は席を立った。
 何をしているのかと眉を潜め、廊下へと出て見れば、使用人達は庭のあたりに一所に固まってなにやら囁き交わしている様子。気付いていない様子の彼女達の元に近付き、阿求はこほんと咳払いをする。
「もしもし? ヤエさん。お客様にお茶を――」
「し、失礼しましたっ、ただいま」
 飛び上がって駆けてゆく年若い女中を見、阿求は残る者達を見まわした。
「どうしました? こんな所に集まって」
「いえ。その……」
 使用人たちはお互いに顔を窺い、どうにも歯切れの悪い様子だった。彼女達がちらちらと庭の外へ視線を送っているのに気付き、、阿求は首を傾げながら草履を吐いて庭に下りる。
「ん? どうした?」
 騒ぎを聞き付けたのか、魔理沙が書斎から顔を出した。ちゃかりと文もそれに続いて姿を見せる。
「そのう、あれを……」
 使用人の指差した先。桃の枝とは反対側の空に視線を向け、阿求はしばし言葉を失った。
 里から見てちょうど東の方角、春の青空を切り取るように、不可解なモノが現れていたのだ。
「……なんだありゃ」
「霊夢さんのところですね」
 幻想郷の東端にある山々を覆うように、景色に歪みが生じ、ぼんやりと霧のような塊が浮かんでいる。形状はほぼ球状に近く、おおよそ東の空の四分の一ほどを切り取っている。ぼやけた霧の輪郭は山の一部を飲み込み、恐らく博麗神社もその中に取り込んでいるように思われた。
「……ふむ」
 阿求が興味深げにそれを見ている間に、文は、ひとつ頷いて背中の黒翼を広げ、高下駄の歯でぱんと地面を蹴った。ひょうと鋭い風の一閃を残し、天狗の姿はかき消える。
「あ! おい待て!」
 叫ぶ魔理沙だが、その頃には文の姿はすでになく。わずかなそよ風が庭木を揺らすのみ。幻想郷最速の名は伊達ではない。
「しまった、出遅れたぜ」
 悔しげに呻いた魔理沙は、慌てて縁側に立てかけていた箒を掴むとその上に跨った。帽子をくるんと頭に乗せ、稗田邸の中庭を舞い上がる。
 ――と、そこへ。
「ああ、ちょっとお待ちください魔理沙さん」
「うぉ!?」
 袖を掴まれ、がくんとバランスを崩した魔理沙のそばへ、阿求がにこにこと微笑みながら近付く。
「つかぬ事をお聞きしますが、異変を前に助言役はご入り用ではありませんか? ええ、幻想郷の全てを見聞きして溜めた稗田の歴史、決して損はさせませんよ?」
 しっかりと魔理沙の袖を掴んだまま、阿求はあくまでも笑顔を崩さない。期待にわくわくを目を輝かせる御阿礼の子からのアプローチに、魔理沙は困惑しつつも聞いてみた。
「本音は?」
「折角の異変、この目にできる機会はそうありませんので」
「……成る程な」
 阿礼乙女の押しの強さに、魔理沙は溜息をついて座る位置をずらし、箒の後部にもう一人分のスペースをつくる。
 阿求はいそいそと壁に掛けていた外套を羽織り、手近な座布団を一枚、二つ折りにして箒に乗せると、その上にちょこんと横座りする。
「あ、あの、阿求様!? どちらへ!?」
「ああ。お夕飯までには戻りますので」
 心配して駆け寄ろうとする使用人を制して、阿求はすっと魔理沙の腰に腕を回した。
「では、参りましょうか。……落っことさないようにしてくださいね?」
「やれやれだぜ」
 なんとも疲れたように呟いて。帽子を心持ち深めに降ろし、魔理沙は箒を宙へと踊らせた。

 ………………。
 ……。






◆「華胥の櫻、墨染の君」サンプル

 [序]


 鳴鳩(めいきゅう)もその羽を払う四月の末。冥界にも遅い春が訪れる。
 麓より続く長い階段の両隣を埋める桜の木は千を超えて万に迫り、罪なき白に彩られた花を咲かせていた。彼岸の園で転生を待つ多くの幽霊たちも、咲き散る桜の中にふわふわと漂いながら遅い花見を楽しんでいる。
 しかし、そんな賑わいからも遠く離れた二百由旬の庭の片隅に、彩りの抜け落ちたような空隙があった。
 萌え出づる草木もそこにだけは近寄らず、春の訪れすらも寄せ付けまいとするように肌寒い風が満ちる。
 その中心には、四季の巡りからも取り残されたような、一本の古木があった。
 ――西行妖(さいぎょうあやかし)。
 数年前、幻想郷から春の訪れを奪う異変の契機となった、樹齢千数百年の古桜だ。かつて一人の歌聖を死へと誘い、以来千年以上にも渡って、その幽玄の美しさにて多くの生者を惹き寄せ、死と至らしめてきた木霊(こだま)である。
 死を招くその性質ゆえ、厭われ嫌われ、顕界から彼岸の地へと追いやられて。西行妖は今年も変わらす朽木のように乾いた枝だけを空に広げていた。
 そして今。そこには春雪異変のもう一つの要因となったものの姿がある。
 空色と紫の着物に身を包み、憂いを含んだ表情で巨木を見上げるのは、冥界の管理人にしてこの白玉楼の主、西行寺幽々子。一見人とは変わらぬ明瞭な姿かたちをしていても、辺りを漂う霊の気質は隠せない。天冠を模した帽子からも分かる通り、彼女もまた既に彼岸の者である。
 幽々子は西行妖の傍に歩み寄ると、物言わず聳える妖怪桜の幹に手を添え、そっと目を閉じ額を触れさせた。
 静かな風が吹き、細い枝がひゅうと揺れ、季節外れの虎落笛(もがりぶえ)を奏でる。
「―――――」
 少女の形の良い小さな唇が、かすかな吐息に震える。
 同時、ゆるゆると開かれた幽々子の手のひらから、青い輝きがこぼれ出した。ほどけた幽々子の白い指の先に、一頭の蝶が生まれ出で、はらりと翅を震わせる。
 薄く透け光る青い燐粉を溢れさせながら、蝶は少女の指から飛び立った。翅を広げるのは一頭だけではない。二頭、三頭と翅を揺らす青い輝きが、西行妖の周囲を取り巻いてゆく。
 華胥の国、胡蝶の夢のごとき荘厳で美しい光景。
 しかし、そこにはあまりにも静寂に死が満ちていた。
 無数の死を、終焉を運び舞う蝶の群れ。
 もしこの場に生者が迷いこめば、この世のものと思えぬ光景の美しさに目を奪われ、魅入られながら静かに事切れてゆくことだろう。
 あるいは――こここそが。死者の園、冥界の本当の姿なのかもしれない。
 幽々子にもまた、人を死へと誘う能力がある。魂を運ぶ蝶はその象徴であり、それこそが彼女が冥界に住み、成仏することなくその管理を任されている理由なのだ。
 己と同じ力を持つ桜の傍に、華胥の亡霊はそっと寄り添う。永劫の時を共に過ごした伴侶に身を委ねるように、幽々子は穏やかな笑顔で眼を閉じた。
 四季彩り鮮やかな白玉楼の庭の中、ここにだけは命の芽吹く春の彩りはなく。
 ただ、喪うことだけの悲しみに満ちた、墨染があった。

 ――かさり。

 木々の隙間に幽かに揺れる気配を感じ、幽々子は物憂げな瞳をそちらへと向ける。
「――――、」
 亡霊の少女が口にした名は、群れ飛ぶ蝶翅の燐光の先に掻き消えて行った。





 [一]


「…………」
 太めに縒り合せた芯から赤く立ち昇る炎に、慎重に鋏を差し入れる。
 蜜蝋の赤い炎が刃の表裏を炙るのを確認してから、魂魄妖夢は刃先を火から引き出し、傍らの桜の幹へと向き直った。
 半霊と共に樹の枝上へ浮かび上がり、あらかじめ見当を付けておいた枝へ鋏を向ける。
「ん……」
 片目を閉じて背中を反らし、矯(た)めつ眇(すが)めつ。左右から枝張りを確認してから、意を込めて刃を閉じる。
 無惨に折れた枝が、根元からぱちんと切り落とされて地面に転がる。むき出しになった切断部に病気が入らぬよう、腰の墨壺から濃く擦った墨を塗ってゆく。
 ぱちん、ぱちん。
 時折距離を取って枝の形を確認しながら、妖夢は慎重に折れた枝の剪定を続けた。
 桜は手入れの難しい樹だ。桜折る馬鹿梅折らぬ馬鹿とも言われるように、迂闊な扱いが原因で樹全体を腐らせることも少なくない。その扱いには細心の注意を要する必要があった。
 最後に落とした枝をまとめて縛り、妖夢は大きく息を吐く。
「……ふう」
 わずかに上気した頬に、薄くのこる泥の痕。作業着の袖をまくりあげて、白玉楼の庭師は額の汗をぬぐう。
 昨夜の風で、桜もすっかり散ってしまった。間もなく春も過ぎ、やがて夏が来るのだろう。隣で半霊に抱えさせた籠の中に鋏と園芸道具を放り込み、妖夢はぐっと背を伸ばした。
「んんっ……」
 冥界の庭は果てなく広く、小さな庭師が毎日朝から晩まで駆け回っても尽きることはない。一つの区画を整えたと思った頃には以前に手入れを済ませていた場所がすっかり荒れてしまっていることも少なくなかった。
「……師匠は鼻歌交じりでこなしていた気がするんだけど」
 うんざりと溜息をついて、妖夢は果てしなく続く伸び放題の垣根を見やった。
 白玉楼の先代庭師を務めていた祖父――魂魄妖忌の仕事ぶりを思い出そうとして、妖夢は軽く頭痛を覚える。
 幼い頃、師を手伝って植木の枝を落としたり、岩の苔を整えたりした経験がない訳ではないが、妖忌がこの広大な二百由旬の庭を、常日頃、いったいどうやって管理していたのか、改めて考えてみるとまったく解らないのだ。
 ひとことで庭師と言っても、その仕事は多岐に渡る。植木の他にも地面の石畳、垣根の手入れ、砂利を敷いて岩を並べ、苔を置いて灯篭を整える。……数え上げても切りがない。
 さらに妖夢の場合、西行寺家の剣術指南役という立場もあり、その役目はなぜか白玉楼の家事やら掃除やらにも及んでいた。
 しかし妖夢の記憶にある師の姿は、縁側でのんびりと寛いで爪を切ったり茶を飲んだり、小枝一本でからかい半分に稽古に付き合ってくれたりという、暢気なものばかり。
 それなのに、白玉楼の庭はいつも瑕疵なく整えられていた。
「――最近、師匠に聞きたいことばかり増えていく気がする」
 ここにはいない師の姿を想い浮かべ、軽い苦笑と共に、半人半霊の庭師は止まっていた手を動かし始めた。延びた垣根の枝を落とし、混み過ぎた葉に鋏を入れてゆく。
(……前はこんなことなかったのに)
 妖忌がふらりと白玉楼を去って、もう何十年が経つだろう。右も左も分からぬままにその後を継ぎ、妖夢はただ我武者羅に毎日を過ごしてきた。師と同じように庭を走り、手入れをし、主の我儘に付き合い、剣を振るう。
 そうすればいつか、あの背中に追いつくことができるのだろうと――昔はそう、無垢に信じていた。
 しかし。日々を過ごし、修練を重ねるたび、これで良いのかと不安が胸をよぎる。枝の形、砂利の引き方、見様見真似で繰り返しながら続けてきたことが、揺らぎ始めているのを妖夢は実感していた。
「未熟だったってことなのかな。……今もだけど」
 剣の扱いも同じだった。
 何も考えず、出来不出来を考えずにただ真似をするだけならば、容易いことなのだろう。
 だが、庭師の肩書きも、剣術指南の役目も、いまは妖夢自身のものだった。妖夢の行いはもはや『真似』では済まされない。
 だが、どうすれば良いのかと、教えを請える相手がいないことが、時折酷く頼りなく感じられるのだ。
 それでも、弱音は吐いていられない。せわしない毎日の中で、庭師の日々は慌ただしく過ぎてゆく。
 それでも。自分にも幽々子にも、なにも言わずに去っていってしまった師に、文句のひとつも言いたくなるのは仕方のないことかもしれない。
 いつの間にかまたふと呆けてしまっていた自分に気付き、妖夢は頭を振った。
「――いけない、どうも余計な事ばかり考えてる」
 ぺちぺちと頬を叩き、気合いを入れ直す。
 こんな風に思い悩む理由は明白だった。
 数日前。蔵の整理をしていた妖夢が、躓いてひっくり返した古い行李から偶然見つけてしまった冊子のせいだ。
 日に焼け、埃に汚れた冊子は、妖忌が雑記として使っていたものだった。当時の買い出しのメモや用事の走り書きのようなものから、詰め碁の手筋、暇潰しに捻ってみたのであろう歌(しかも物凄い下作である)、幽々子への愚痴めいた独白、是非曲直庁に務めている友人への借金の催促の下書きまでが赤裸々に残っており、孫としてはなんとも対応に困るシロモノだったのだが――その中に何気なく記されていた一節は、妖夢を驚かせるには十分なものだった。

 ――そろそろ西行妖の剪定をせねばならない。

 妖忌がここを去って以来、白玉楼の庭は妖夢に任せられている。しかしながら、妖夢はこの数十年、一度も西行妖に鋏を入れたことはなかった。
 いや、触れるどころか近づくことも無意識のうちに避けていた。幽々子の言いつけで春を集めた時でさえ、距離を置いて眺める以上のことはしていない。
 妖夢の知る限り、師もそれは同じはずだった。だが、
(師匠は、あの桜に――鋏を入れていたんだ)
 その事実は、妖夢にとって少なからぬ衝撃を与えていた。
 〝西行妖を咲かせてはならない〟
 それが白玉楼の庭師のつとめである。春雪異変のあと、境界のすきま妖怪、八雲紫は直々に妖夢を呼び出して、執拗なほどにそう念を押した。
 彼女と幽々子、そして西行妖がただならぬ関係にあることは、おおよそ妖夢にも想像はついている。
 あの古桜を要として結ばれた、余人には立ち入ることのできぬ深い絆。それが一体何であるのかについて、興味を抱かないと言えば嘘になる。だが、従者の身でそれに立ち入るのは良くないことなのだと――妖夢は努めてそう考えようとしていた。
 けれど――

 ………………。
 ……。






◆「魂魄妖夢鬼退治・第二版」サンプル


[一]


 常冬の地底には、今日も変わらず雪が舞う。
 辺りに籠る澱んだ土の匂いは、地の下に積もり積もった怨讐がもたらしたものか。見上げた頭上に空はなく、ただ苔むした岩肌が天を塞いでいる。
 ここは地の底。忘却の旧都。
 忌み嫌われ、地上より追い遣られた妖怪達が住まう、かつての地獄街道、その終端。宿場の繁華街からも遠く離れ、廃屋だけが立ち並ぶ寂れた一角に、ぽつぽつと鬼火が灯ってゆく。
 雪舞う中に青白く燃える炎は、朽ちかけた街並みの中にふたつの影を浮かび上がらせていた。
 片や、朽ちた巨木の根元にどっかと腰を下ろし、大きな朱杯を掲げた一角巨躯の鬼。
 片や、腰と背に大小の二刀を帯び、ひと抱えほどの幽霊(半身)を隣に漂わせた、小柄な半人半霊の少女。
「なあ。どうだい、たまにゃ刃物(だんびら)は仕舞って一杯付き合わないかい? こっちは年中地面の下だから、肴なんて雪くらいしかないがね」
 朱塗りの大杯をぐいと干し、星熊勇儀はにぃっと牙を覗かせる。肌蹴た羽織の下に手を入れて、まるで緊張感のない姿だ。
 が、対峙する少女は些かも気を緩めることはなかった。
「……いえ、申し訳ありませんが、遠慮します」
 静かに告げ、白玉楼の庭師、魂魄妖夢は静かに楼観剣を抜き放った。鞘を腰に納め、刃渡り四尺三寸の大太刀を澱みなくひたりと正眼に構え、真っ直ぐに勇儀に相対する。
 一見、まだ幼く手足も伸び足りていない少女の体躯は、しかし正確に宙に刃先を定め、その切っ先を僅かなりともぶれさせることはなかった。
 すらりと伸びた反りの浅い刀身の峰に、降り積む雪の結晶が触れてはすうと溶けてゆく。
「そうかい。残念だねぇ」
 それでもなお、勇儀は動きを見せずにいた。立て膝のまま、背後にもたれかかる酒樽から、ざぱりと大杯に酒を掬いあげ、ぐい、と一息にそれを呷る。
 およそ、妖夢の知る鬼というものは、暇さえ有れば酔っ払っている底なしの酒好きであったが――地底の鬼もこれまた、負けず劣らずの酒豪であるらしい。
 一つ、違うとすれば。
「どうしたい、来ないのかい?」
 星熊勇儀はそれに輪をかけて、こうした力比べを好むということ。
「――参ります」
 片目をつぶり、牙を覗かせての挑発の言葉に、妖夢は静かに身を沈め、地を蹴った。
 小さな体躯の中に、引き絞り蓄えられていた力を解き放つ。踏み出す脚はわずか三歩で疾駆となり、妖夢は放たれた一条の矢のごとく勇儀の元へ駆け翔んでゆく。
 迎え撃つ勇儀は、立て膝のまま身を起こし、振り被った腕を力任せに薙ぎ払った。さして力を篭めたとも見えない腕の一振りは、鬼の桁外れな膂力を示すかのように、大地を深々と抉り剥がす。
 ごう、と月をも砕く剛腕が迫る中、妖夢はさらに深く踏み込み速度を上げた。真横に打ち振るわれる勇儀の爪の下を、低い姿勢でくぐり抜ける。
 同時、なみなみと酒を湛えていた酒樽が真二つに裂け、半ばほどまで切り裂かれた紅の大杯が、酒を零しながら宙に舞った。一閃十滅の楼観剣が白刃を煌かせて翻り、勇儀の喉元へと跳ね上がる。
「あっはっはっは!! いいねえ、そうでなくちゃあ困る!!」
 巨木の下より跳ね起きた勇儀は、宙に身を躍らせると同時、真下から掬い上げるようにもう一方の爪を振るっていた。どん、と空気が真二つに引き裂かれ、廃墟をびりびりと震わせる。
 地を割り砕く五本の爪が、白く水蒸気を棚引かせて妖夢の頭をかち割らんとする。
 頭蓋を真下から狙う勇儀の剛腕を前に、妖夢はさらに深く脚を踏み出し、腰を落としていた。
 地面に腹這いに伏せるような、超低空の姿勢。一段と低くなった少女の頭上を、鬼の膂力がわずかにかすめた。髪留めが千切れ、風圧に揺れる銀髪がはらりと揺れ、爪の先が頬を擦る。
「そこだっ!!」
 大地を支えに紙一重で鬼の一撃を躱し、妖夢は勇儀の懐へ飛び込んでいた。握る一刃を深く突き出すと同時、鈍い手応えが庭師の腕を震わせる。
 だが、次の叫びは鬼ではなく少女のもの。
「っ!?」
 勇儀の右腿を狙って斬り付けた楼観剣の切っ先は、あろうことか、鬼の掌でがっきと掴み取られていた。
 およそ剣術には在り得ない手筋に、驚愕する暇もなく。妖夢の腕にがちん、と勇儀の嵌める手枷が絡みつく。金の軋る音が響き、庭師の身体はそのまま宙を舞った。
「はっはァ!!」
 哄笑と共に、勇儀は苦輪の鎖に繋がれた妖夢の身体を振り回した。まるで頭陀(ずだ)袋(ぶくろ)のように妖夢の身体は宙を踊り、地面へと容赦なく叩き付けられる。
「――ぐぁ、っ!!」
 剥き出しの岩盤に背中を打ち付け、息を詰まらせた妖夢の腹に、勇儀の爪が撃ち込まれた。
 咄嗟に跳ね上げた鞘の上から馬鹿力でぶん殴られ、妖夢は地下の都の街の外れまで、水平に地面を跳ね飛ばされてゆく。
 庭師の小さな身体は二つばかり倒壊寸前の廃屋を貫いて、瓦礫に激突し、なおも高く跳ね転がる。
 痛みを堪え、ようやく受け身を取って起きあがれば、
「いくよ」
 そこには既に、拳を固めた勇儀の姿。
 構えをとるよりも早く、妖夢の鳩尾に、ぎりりと握り込まれた鬼の拳が撃ち込まれる。
 ごん、と腹に大穴を開けるような衝撃。勇儀の拳は深々と少女の腹にめり込んで、刹那に肋(あばら)をへし折って脊髄までを貫き、妖夢の意識を刈り取った。


◆ ◆ ◆


 気を失っていたのは数瞬のことであったらしい。自分を受けとめて倒壊した瓦礫の中から這い出した妖夢は、喉奥に込み上げてくる血と鉄の味に思い切り顔をしかめ、咳き込む。
 覚束ない手足に活を入れ、刀を杖に身を起こす。
 その前にはすでに勇儀の姿があり、いささか呆れた風に表情を緩めていた。
「――あたしも大概、人のことは言えやしないが、頑丈だねえ」
「鍛えていますので」
 妖夢はそう虚勢を張って立ち上がった。
 脳髄の揺れを堪え、頬の血を拭って、額に力を込めてぼやける視界の中に勇儀の巨躯を見据える。
 半人半霊という種ゆえ、痛みにはそれなりに耐性があった。つまりは、痛みを感じる人の身体は半分程度しかない、という意味で。
 それでもなお、受けた傷は決して少なくない。ふわりと隣に浮かぶ半身にそっと背中を預け、妖夢はゆっくりと楼観剣を構えなおす。
「で、今日はこのへんでお仕舞いにしとくかい?」
 ぺろりと手指についた酒の雫を舐めとり、勇儀は言う。先程の攻防などまるで意に介さない態度だった。彼女にとってはこの程度の受け攻めなど精々じゃれ合いのようなもので、酒を台無しにされた程度のことでしかないのかもしれない。
 息を荒げる妖夢と、余裕の勇儀。さし向かう二人に対峙という構図はなく、さながら満身創痍の乙女を嘲りいたぶる地の底の悪鬼の体である。
 事実、まるで無傷の勇儀に対し、妖夢には頬に血をこぼす深い裂傷をはじめ、手足にも数え切れぬほどの擦過傷、打撲傷が見て取れる。
 傍らを浮かぶ半霊までも、心なしかその色合いを薄くしているようだった。
 だが。
「いえ、まだ、やれますっ」
 こうも明白な実力差を前に、妖夢の心は、いまだ、些かも揺らいでなどいなかった。
 よろめく足を踏みしめ、荒れていた呼吸を一息で丹田の底へと押し込み、余った呼気を一気に吐き出す。
 大きな吐息が旧都の街並みに白い靄をつくる中、妖夢はぱちんと大太刀を鞘へと納めた。
 その、刹那。
「――人符『現世斬』」
 静かに、その声は――剣閃の後から飛んできた。
 ほんのわずか、妖夢の身体が前に沈み込んだと見えた瞬間。庭師の姿は勇儀の遥か背後へと駆け抜けており、楼観剣は静かな鍔鳴りだけを響かせて、再び鞘へとおさまっている。
 斬撃の余波が、一拍遅れて旧都の街並みに閃光を刻む。
 抜く手も見せぬ居合い一閃。二百由旬の庭を駆け抜け鍛えた脚力が可能にする、半人半霊の庭師最速の剣。
 神速の一閃は、狙い違わず勇儀の脇腹から胸にかけて深々と斬り込んでいた。
 が――
「ぐ……!?」
 眉を寄せ、わずかな苦悶を上げたのは、斬られた勇儀ではなく、斬ったはずの妖夢のほう。
 およそ斬撃の手応えとはかけ離れた、鉄棒で大岩を殴りつけたごとき衝撃だった。痙攣する手指で辛うじて刀を取り落とすことだけは避け、妖夢は奥歯に苦い鉄の味を噛み締める。
「今のがとっておきかい? ま、確かに速い。
 ……けど、それだけだ」
 残心を取る妖夢の前で、勇儀はぱんぱんと脇腹を叩いてみせる。まともに楼観剣に切り込まれたはずの、裂けた羽織の下から覗く鬼の肌は、傷一つなく綺麗なものだ。
 鐡(くろがね)、あるいは緋金(あかがね)。そう呼ばれる鬼の肌は、鋼よりもなお硬いという。が――この鬼の桁外れの頑強さは、岩を、鉄を斬ることのできる妖夢をして、いまだ触れたことのない頑強さを誇っていた。
 妖夢が動揺を表に出していたのはほんのわずかな時間であったろうが、それを黙って見逃す勇儀ではない。笑みを見せながらがっきと牙を噛み合わせ、虚空をつかむように手を広げた。
 渾身の力をそこに握り込むように、みりりと骨を軋ませ拳をつくると、振りかぶった一撃を打ち放つ。
 地底の天蓋すらも揺るがす爆音が、轟く。
「――鬼符『怪力乱神』」
 符名の宣言こそあったものの、そも、それは技とも呼べるものだろうか。語られる怪力乱神――星熊勇儀にとってはその一撃一撃すべてが、まさしく必殺なのだ。
 重ね卍を描く弾幕の群れと共に、立ち並ぶ廃屋が根こそぎ吹き飛ぶ。視界を埋める弾幕の中、爆音を伴い、雪崩をうって押し寄せる瓦礫を前に、妖夢の反応がわずか、遅れた。
 刹那。
「――――ッ」
 恐ろしく早く鋭い蹴爪が、ざくりと妖夢の額を抉る。咄嗟に身体を仰け反らせた妖夢の顎先を、勇儀の蹴足がかすめていた。
 あと一瞬、反応が遅れていれば頭が案山子のようにもぎ落とされていただろう。勇儀は切り札にもなるであろう高威力、殲滅型の広域破壊スペルカードを、無造作に囮にして妖夢との間合いを詰めていたのだ。
 底知れぬ鬼の怪力に、ぞくりと、少女の背筋を悪寒が走る。
 その恐れが、庭師の動きを硬くした。
 あ、と思った瞬間には、土埃を裂いてぬうと突き出した鬼の手が、妖夢の頭をみしりと掴んでいた。
 繰り出された丸太のような膝が、鼻先に炸裂。鉄と炎の味が、少女の喉奥に散る。
「ッぁ……っ」
 口中に血の味がこみ上げ、遠のく意識の中、妖夢はじゃらんと軋む鎖の音を聞く。
 激痛に、胃の腑に氷のような怖気が流れ込む。
「……まだ、っ」
 薄れる意識を懸命に繋ぎとめ、妖夢は鬼の拘束を脱し、身を翻す。
 今度は大きく距離を取ることはしない。勇儀の左へ踏み込むと共に、前を――迎撃のため大きく爪を拳を振り上げた鬼へと両の眼を見開いた。
 額から流れる血に、紅く霞む視界の中、心の中に芽生えかけた畏怖の心をねじ伏せて、さらに前へと、深く踏み込む。
(……疾さを選べば威力に欠ける。鬼相手には通じない)
 胸中で確認するように、息吹を吸い込み、楼観剣を正眼に構え、脇を締めて柄尻に小指を絡める。
 爪先から頭の先まで、全身を巡らせて練り上げた剣気を四尺余寸の大太刀へと澱みなく注ぎ込み、
「――なら、これだ!!」
 吐き溜めた息吹と共に、妖夢は大上段に振りかぶった太刀を、大鉈のように斬り下ろす。

 ――断迷剣『迷津慈航斬』。

 それは、魂魄妖夢の剣において、まさに必殺最強の一撃。
 その名の如く一切の迷いを断ち、真っ向斬り捨てる、小細工も打算も無視した、馬鹿正直な太刀筋だ。
 だが、そうして単純明快であるがゆえに、その剣はもっともよく妖夢の性根を顕(あらわ)した技でもあった。
 ゆえに、その一太刀に斬れぬものは、殆どない。

 ず、がんッッ!!

 地底を揺るがす爆音を響かせて――
 渾身の一太刀が振り下ろされる。
「……そん、な」
 妖夢の驚愕は、果たしてこの日何度目であったろうか。
 そこにあったのは、一刀をその身に受けた鬼の屍――ではなく。にぃと口元を緩めた、勇儀の姿。
「成る程、ねえ」
 鋼鉄の手枷がじゃらりと鎖を鳴らす。
 勇儀はまたも、その巨きな掌で必殺の切っ尖を受けとめていた。四尺三寸の刃先を、鬼の指がみりりと掴みあげる。
 ありったけを篭めた一撃すらも捌かれたことに、妖夢は動揺を隠せなかった。
 なぜ、と叫んでこそいなかったが、その問いは表情に出ていたのだろう。勇儀は楽しそうに、空いた手の親指でとん、と自分の胸を示し、笑う。
「鬼が力比べで負けちゃ、格好がつかないだろう?」
 妖夢はその時、楼観剣の柄を離せずにいた。
 師が遺したこの刀は、彼女にとって命と同等に大切な、自分と不可分の存在だった。楼観、白楼の双剣と共に己の技を磨く事を誓った日から、この二振りは妖夢にとって唯一無二の愛刀なのである。
 楼観剣を失うことを恐れ、手離す事を一瞬躊躇(ためら)ったことは、悪手とは言え決して責められるものではない。
 そしてまた、勇儀が敢えてそのような防禦を選んだのは、妖夢を逃がさぬためでもあった。
「さて、そんじゃこっちも見せてやらなきゃね」
 そう言い、鬼が一歩を踏み出したと同時、ずずん、と地殻が揺れた。
 旧都の一角には勇儀を中心にして同心円状に亀裂が走り、地面が陥没して深々と大穴を穿つ。
 まさに、灼熱地獄の底を踏み抜かんばかり。比喩抜きで地底を揺るがすほどの一歩を、星熊勇儀はその地に刻んだ。
「一撃必殺ってのは、こうやるのさ」
 思わず見上げる妖夢の眼前、まるで天を衝くばかりに巨大に、迫る鬼の姿があった。
 割れた大地から噴き上がる溶岩の上、額の一角を振りかざし、みしりと肉を軋ませ骨をたわませ、固めた拳が高々と振りかぶられる。
「――――っ!?」
 慌てて白楼剣を抜き放ち、構えを立て直す妖夢だが――
「遅い」
 二歩めの踏み出しが、妖夢の目前へと迫り、
 あ、と声を上げる暇もなく、じゃらりと手枷に残る短い鎖を鳴らして、勇儀の巨きな手爪が視界を埋め――
 ずん、と三歩めの踏み込みと共に、

 妖夢の意識は、そこで闇に落ちた。





[二]


 微かな水音に眼を覚ませば、背中は板の上でぎしぎしと軋みを上げている。
 全身が鉛を流し込まれたように重く、鈍い痛みを訴えていた。全人零霊のただの人間よりは痛みには強いほうだが、それでもやはり痛いものは痛い。
「う……」
 こみ上げる咳に数度身体を丸め、固まりかけた血の混じった唾を吐いて、妖夢はようやくその場に身を起こす。
 もはや見慣れてしまった旧都への入り口となる大きな橋。そのたもとに、いつものように妖夢の身体は投げ出されていた。
 地底をとうとうと流れる河は、変わらず静かな水面を薄闇の中に覗かせている。
「……ぐ、っ……」
 鬱血した打撲に、痣の痕。痛む四肢が熱を持ち、脈動するようにずきんずきんと腫れ上がる。手足のあちこちで新しい傷が服の布地に張り付き、ばりばりと不快な音を立てる。
 欄干に背中を預けて痛む身体を休め、少しずつ呼吸を整える。全身をまさぐって傷をあらため、骨折や特に酷い怪我がないことを確認すると、妖夢は這うようにして河原に降りた。
 流れる河面に、まだ腫れの引いていない顔が映る。
「……酷い様だ」
 傷口に染みるのを我慢しながら、妖夢はざぶざぶと河に踏み入って、血と汚れを落とし、手当てを始めた。
 肋(あばら)は兎も角、手脚の骨や腱は無事で、まったく動けないわけではない。が、満身創痍なのは間違いなく、数日は治療に専念せねばならないだろう。傷を洗い、包帯を巻き、特に怪我の酷い部位には荷物の中から膏薬を取り出して貼り付けてゆく。
(一人で包帯を巻くのが、だいぶ上達したな……)
 なんとも締まらない話に、思わず苦笑が漏れる。
「ふぅ……」
 手当てを終え、一息をついて。最後に土埃と汗に塗れた顔を洗い、手拭いを額に押し当てる。ひんやりとした冷たい水が頬に心地よい。
 続いて妖夢は腰から外した二振り、楼観剣、白楼剣の点検を始めた。もともと妖怪を斬る為に鍛えられた刀、容易く痛むものではないが、それでもあらためるに越したことはない。
 目釘がいくらか脆くなっていたのを取り替え、打粉(うちこ)を拭い丁子油(ちょうじあぶら)を引いて、さらさらと流れゆく河面を眺めていると、ようやく余裕の出来た心に先刻の手筋が蘇ってくる。
「うーん、あれでも敵わないか……」
 ぱちんと双剣を鞘に納め、改めて腕組みをして妖夢は唸った。
 妖怪の山の四天王、怪力無双の〝力の〟勇儀。
 鬼がとにかく強い生き物だとは解っていたつもりだが、ああいった形で格の違いを見せつけられると、考えを改めざるを得なかった。
 彼我の実力差も、あそこまではっきりと思い知らされると、悔恨よりも感心が先にあった。
 痛む肋骨に顔をしかめつつも、石の転がる河縁から、橋のたもとに引かれた茣蓙(ござ)の上へと腰を下ろす。
 そこには、暦代わりに日付を刻んでいる岩があった。既に二十を超えた傷の下に、今日の分を刻みつけ、妖夢は嘆息する。
「参ったな。あんまり長居もできない……はずだったんだけど」
「……また負けたのね」
 頭上からの声にふと妖夢が振り仰げば、いつのまにか、橋の欄干に寄りかかる影が一つ。
 常冬の旧都の橋守る、嫉妬を操る橋姫。水橋パルスィ。深く隈の浮く、病んだ目元をさらに陰鬱にしかめた彼女は、ひたすらに不機嫌に口元を歪めたまま妖夢を見下ろしていた。
「……パルスィさん」
「もう阿保らしくて妬む気にもなれないわ」
 包帯だらけの妖夢に視線を移し、パルスィは見せ付けるように大きく溜息。
「ねえ、これで何度目?」
「……十八度目、です」
「いいかげん諦めたら?」
「そういう訳にもいかないんです。事情がありまして」
 勇儀との果たし合いは、これまでの十戦すべてが妖夢の敗北という結果に終わっている。地底の妖怪達の賭けの対象は、すでに勝負の行方から、妖夢の黒星がどこまで増えるかに移っていた。
 勝ち星どころか一矢報いることすら果たせていない現状に、妖夢は参ったものだと自嘲する。
 妖夢は現在、この橋のたもとに間借りをしている。
 これまでにも数度、勇儀からは旧都の宿への滞在を勧められていたが、鬼退治に来た自分がそれでは格好がつかないと、妖夢はそれを断り続けていた。ならばと紹介されたのがこの旧都の大橋であり、パルスィなのだが――何故か嫉妬の橋姫の視線は日に日に険しくなるばかりだ。
「……馬鹿馬鹿しいくらいに糞真面目ね」
「それしか取り得がありませんから」
「馬鹿にしてるのよ?」
 解ってるの? とばかりに半眼で言ってくるパルスィ。妖夢の鍛錬を日がな一日こうして彼女が眺めているのも、ここしばらくの日常になっていた。
 橋上で呆れた顔をする橋姫は、しかし憎まれ口を叩きながらも、あれこれと妖夢の世話を焼いてくれていた。余所者の自分が妖怪ばかりの旧都に馴染めているのも、彼女の計らいによるものである。不思議に思った妖夢が理由を聞いてみても、帰ってくるのは実に不機嫌な表情と、
『……貴方、私がここから離れられないのが解ってて言ってるの? ねえ。そう言ってるのよね?』
 という苛立ち混じりの言葉。そのくせ、妖夢が橋を出て行こうとすれば、パルスィはますます不機嫌になってそれを引きとめるのだ。
(……どういう心境なんだろう?)
 その態度の理由が、妖夢にはいまいちピンとこない。
「……ぁあ、もうっ」
 パルスィはごしごしとこめかみを擦りながら毒づくと、欄干を飛び降りた。

 ………………。
 ……。


 

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