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いとたどり /索引




KANON短編連作『いとたどり』 目次

いとたどり/1
いとたどり/2
いとたどり/3
いとたどり/4
いとたどり/5
いとたどり/6
いとたどり/7
いとたどり/8
いとたどり/9
いとたどり/10
いとたどり/11
いとたどり/12
いとたどり/13
いとたどり/14
いとたどり/15
いとたどり/Ep

いとたどり/番外




 6年を経て美汐のもとに帰ってきた真琴と、残酷な時の流れ。
 シリアス風味でかなり鬱傾向な美汐さんが思い悩む話なので、だいぶ読む人を選びます。
 ……番外以外は。
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いとたどり /番外

 ▼

 それから、真琴による経緯の説明は3時間ばかり続きました。
「それでねそれでね美汐っ、祐一ってばねそのままいきなり押し倒してきてねっ。ぎゅーってしてくるんだけど、その間じゅうもずーっと黙ったままで、ちょっと怖かったのよぅ。なんだか別の人みたいでっ。それに真琴だってはじめてだったのにいきなりあんな場所でってのはろまんちっくじゃないと思うし、それにうつ伏せだったから手とか膝もとっても痛かったしっ!!」
 いや、ですから真琴。
 あなたの相沢さんを想う気持ちは否定したくはないのですが、あまりその、赤裸々な話題は避けて欲しいのですが……はぅ。
 もう少し、ほろ苦い想い出に浸っていたかったのですが……現実というのは斯くも残酷なものなのでしょうか。
「でもねっ、やっぱり一番許せないのは真琴に黙ってどっかいっちゃったことなのよっ!! 結婚するって言ったくせにずっと一緒だって言ったくせにひどいと思わないっ!?」
「真琴、少し落ち着いてください」
「でも、美汐っ」
「相沢さんの気持ちも解ってあげてください。……約束を反故にするというのは人としてどうかと思いますが、5年も便りもなしのつぶての真琴にも責任はあるのではないですか?」
 不貞腐れるようにそっぽを向く真琴。
「あぅ、仕方ないじゃない……いろいろあったのよぅ」
「真琴と同じように、きっと相沢さんにもいろいろあったのですよ。……確かに女の子にしてよいこととそうでないことの区別はなっていないような気もしますが、相沢さんは真琴のことを邪険に扱っていましたか?」
「……あうーっ。最初のころは全然やさしくなんてなかったわよっ」
「最後まで、ですか?」
「…………」
 マグカップの中身とにらめっこをしている真琴の頭に、そっと手を乗せて聞いてみます。
 そっと琥珀色の髪を梳くと、あの頃は全く同じ高さにあったはずの視線が、おずおずと下から私を見上げていました。
「真琴は、相沢さんが嘘をついたと思いますか?」
「あぅ……」
「それがきっと、答ですよ。真琴」
 じっと触れ合う真琴の視線。
 それは怯えているような、震えているような。意地を張ってわがままばかりの、とても懐かしいもので。
「……ごめん、なさい」
「よくできました」
 だから、はっきりと言葉にできた真琴を、心の底から褒めてあげたいと思いました。
 ゆっくりと頭に乗せた手のひらを動かすのに併せて、真琴は目を細めて小さく声をあげます。
「あぅ…」
 なでなで。
 真琴がこてん、と私の胸に倒れこんで、すりすりと頬を気持ちよさそうに擦りつけてきました。まるで彼女の本性を思わせる、穏やかで愛らしい仕草。
「美汐?」
「なんですか?」
「なんでもないわよぅー」
 えへへ、と照れ笑い。
 もう一度私の近くに顔を寄せて、真琴はおでこをぐりぐりと押し付けてきます。
 ごろん、と寝返りをうち仰向けになったパジャマ代わりのTシャツは、おなかのところまでめくれていましてすべすべで。白い肌と可愛いおへそまでがあらわに。……いえそれ以上に、ちょこんとのぞく水色と白のしましまのこっとんぱんつが視界に嫌でも入ってきて、あああっ、もうどうしてそんなに無防備なのですかあなたはっ。
 解っているのですか理解しているのですかほんとうにわかっているのですか真琴っ!!
「みしお……」
 とろん、と蕩けた寝顔を私の胸元に擦りつけ、そのあどけないさくら色の唇を静かに動かします。
 ああもう、ここは涅槃でしょうか――
「…………」
 擦り寄ってくる真琴の頬に、そっと指を添えてみれば。
 ふに、と返ってくる感触は、想像以上に柔らかくてキモチの良いもので。
 それをむにむにふにふにとつついてみたくなるというのはもうこれ必然、世界の理の定めたものといっても過言ではありませんっ。
 その感触に至福を感じつつ。私は虚空に思いを馳せます。
「……それにしても。話を聞く限り相沢さんもいささか人として不出来ではないでしょうか」
 そう私が言うと、真琴はあぅ、と否定とも肯定ともつかない返事で苦笑い。
 本当になんて愛らしい。いたいけなその肢体は細く柔らかで、まさに純真無垢の一語。たった一度の経験などでそれが揺らぐはずもないのです。
「いいですか真琴。相沢さんは間違っています。それは確かに、男性特有の心理としてそういった状況に置かれた時、一切の理性を失いブレーキが利かないというのは仕方のないことかもしれません。ですが、はじめての女の子を相手に、していいことと悪い事の区別もつかないというのは根本的、根源的に紳士として間違っています。
 どんな女の子にも憧れというものがあるのですから、それを無視して弱みに付け込むような事をしてっ。それをひととの繋がりを求めたなどと正当化して……そもそも抵抗がないことをいい事に準備もなしに欲望の赴くまま、しかもよりによって屋外でそんなふしだらな行為に耽るというのは許されることでしょうかっ!?。
 いいえ、否。断じて否!! むしろそれは滾る獣欲の赴くままの淫らな行いに過ぎないのではありませんかっ!? 真琴、もし相沢さんが真にあなたを想っているというなら、そうした行為は決して崇高な愛の発露とは言えないでしょうっ!!」
「みっ美汐、なんか怖いわよぅっ」
「……はっ」
 気付けば。真琴との距離が30センチほど開いていました。ああ、ダメです避けないでください真琴。一人は危険ですよっ!?
「み、美汐……?」
 とりあえず、これ以上私を警戒されてしまっては困ります。いろいろと今後の想定にも支障が起きかねません。
 はー、はー、と収まらない息を強引に飲み込んで、咳払い。
「失礼しました。ちょっと柄にもなく興奮を」
「う、ううん。わかったからっ、あ、あとさりげなくスカートまくらないでよぅっ」
「いえ、今の話を聞いているうちに真琴が無事なのかどうかを早急に確認する必要性を感じまして」
「そ、そんなトコ見たって解らないわよぅーーっ!!」
「いえ、そんな事はありませんっ!!」
 逃げようとする真琴の目を見据えて、ついでにしっかりと腰に腕を回して、きっぱりと断言。ああ、なんて細い腰。気付けば外見年齢差6歳というわけですね。なんだかどんどんとイケナイ気分になってきました。ふふふ。
 少し怯えている様子もたまりません。真琴可愛いですよ真琴。
「そ、そうなの?」
「はい。主に匂いと肌触りなどで」
「ちょ、ちょっ、ひゃんっ!? や、やめ、みしおっ……ダメ、脚、広げないでよぅ……っ!!」
 じたばたともがく真琴。なんて往生際の悪い。ふふふ。もう逃がしませんよ。
 目を閉じて深く一礼。挨拶は人間の基本ですから、どんな時でも胸を張りましょう。
「それでは。いただきます」
「あ、あぅーーーーっ!?」



(……終?)

いとたどり /Ep

 ▼

 墓地への道の途中で、私は小さな花束を足元に添えて、腰を下ろす。
「こんなところなの?」
「はい」
 唐突に、亡くした友達を参りたいと切り出した私に、佐渡さんは嫌な顔一つすることなく付き合ってくれた。
 こんな道端で足を止めた私を不審に思っているのだろうけれど、それを咎めるような事はしなかった。
 もう少し歩けば、多くの人が静謐に囲まれて眠る場所に辿り着くけれど、
 私の悼む相手は、そこには居場所がないだろうから。
 だから、ここでいい。
 ここが、真琴のもう一人の友人を見送った場所だから。


『――天野さん。じゃあ今の天野さんは、後悔してる? その子に、してあげられなかったことを悔やんでる?』
 それは、勿論そうだ。
 いくらしても足りないくらい、後悔は残っている。
『だったら、天野さんはその子のことをずっと好きでいられたんじゃないのかな。それじゃいけないのかな?』
 いけないわけが、ない。
『その子も、きっと同じだったんだよ』
 思えば――
 彼女は、ほとんど自分のことを、名前で『まこと』とは呼ばなかった。
 記憶にあるのは一度だけ。相沢さんが『真琴』のことをきらいになったのか、と聞いた時。
 あれは、今その時、6年を経て還ってきた真琴ではなく、
 6年前に相沢さんの側にいた『真琴』のことを聞いていたのではないだろうか。
 今にしてみれば、私の元に居た真琴と、相沢さんに訊ねたかつての真琴の姿とは重ならない部分が多い。彼女は、真琴という姿かたちをしてこそはいたが、まるで――まるで別の誰かだったのではないか。そんな風にも思える。
 だって、そうでなければ。
 どうして真琴は、私の側にいてくれたんだろう?
『だって、そんなにまでして、天野さんに会いたいって思っていてくれたんでしょう?』
 もう一度、会いたいと、強く、強く、願いつづけていたから、こそ。
 あの子達は、人の思いだけではなく――自分達の同族の思いにも、同じように奇跡を起こしたのだろうか。
 幼い頃の相沢さんがそうしたように、
 6年前の真琴も、あの丘で――もしかしたら叶わないかもしれない自分の想いを誰かに伝えたことが、あったのだろうか。
 ずっと一緒にいたい。
 春が来て、ずっと春のままなら――一緒にいられる、と。
『そんな人がいたってことは、絶対に悪いことじゃないから。嘆いちゃだめだよ』
 そんなものはもう解らない、どうしようもない問いだ。
 でも。
 麻琴さんの言葉は、不思議と信じてみよう、という気になれた。



 喪くした相手は、もう世界のどこにもいないから。形の見えない想いだけでは、やがておぼろげに消え悼むことを忘れてしまうかもしれないからこそ。
 その喪失をはっきりした形で刻み付けて、人はもうそこにはいない誰かを想うのだろう。
 花束を手に歩いてくる二人連れの女性に、道を譲り。
「……いいの、佐祐理。行かなくて」
「うん。きっと、お父様にも迷惑だから」
「でも、佐祐理」
「いいんだよ。……ありがとう、舞」
 そんな会話を背中で聞きながら、私は静かに手を合わせる。
 こうすることが正しいのかは解らない。
 ただ、私はもう絶対に彼女達に代わるものを見つける事はできないだろうから。
 そこを空っぽにしたまま、これからの毎日を送ることをどうか赦して欲しいと思う。



 帰り道。
「もお。いいじゃない合コンくらい。固いなぁ。彼氏できないよ? そんなんだと」
「結構です。別段、欲しいとは思いませんので」
「……へぇー……。ねぇ、ひょっとして天野さんてそういう趣味のひと?」
「ち、違います!! ……失敬な」
「あは。ムキにならなくてもいいよ。……冗談のつもりだったのに。ひょっとしてホントにそうなのかな」
「ま、麻琴さんっ!!」
 何故だろう。
 あまり、そんなやり取りを鬱陶しいとは思わなかった。
 勿論まだ慣れないところも多いけれど、決して嫌な感じはしない。
 いつもいつだってそうだったのだ。もうひとりの“まこと”という名の彼女は、絶望して閉じ篭った私の手を引いて、いくつもの紅い絆を繋ぎとめて、外へ連れ出そうとしてくれた。
 その屈託のない笑顔と人懐こい態度は、どうしても馴染む事ができなかったが、それでもとても魅力的な事は確かだったから。
 だから、相沢さんが憧れたのも無理はないと思う。
「っ……」
 突然の風に、慌てて髪を押さえる。
 埃の入ってしまった目を擦りながら、ゆっくりと開ければ。
 草原と空の境目に、琥珀色の毛並みをした狐が一匹、両足を揃えて私を見ていた。
 家族なのだろうか。離れた場所にはさらに数匹の狐が足を止め、彼女を待つようにして佇んでいる。
 その姿を見つけ、

「………っ!!」

 とっさに叫びかけたその名前を、私は、すんでのところで飲みこんだ。
 ざぁ……と風が吹き抜けてゆく。長い梅雨を開け、夏の始まりを告げる風が。冬を越え、春を経て新たな季節に繋がる先触れが。
 先を行く佐渡さんが、目を細めて不思議そうに私を振り返る。
「どうしたの?」
 言うべき言葉も。
 取るべき選択肢も、いくらでもあった。
 けれど――
「いえ。なんでもありません。……行きましょう」
 目を閉じ、首を左右に振って。私はゆっくりと歩きだす。

 風に霞む草原の向こう。
 高く跳ねながら去ってゆく彼女の前脚で、薄汚れた赤いリボンがひらひらと風に揺れていた。





 (了)

いとたどり /15

 泣き腫らしたまぶたはどう贔屓目に見ても平気とは程遠かったが、それでももう仕事を休むわけにはいかない。これ以上の理由のない休暇は、さすがに上司も庇いきれないはずだった。
 こんな時まで常識と理性を働かせる自分の頭が嫌になる。いっそのこと、寂しさに悲しさに狂ってしまえばいいのに、それを冷静に見てしまう自分が、とても嫌だ。
 鉛を流し込まれたように重い頭を振って、電車の窓の外を流れてゆく景色を眺める。
 いつもは気にならない電車の揺れにすら軽い嘔吐感を覚え、途中で一度電車を降りる羽目になった。
 始業時間ぎりぎりに駆け込んできた私を、上司の穏やかな笑顔が出迎える。
「天野さん、大丈夫?」
「……はい。ご心配をおかけしました」
 それは、もう――何もかも終わったのだ、という意味を込めての謝罪。
 ずいぶんと回りくどいはずのそれを、彼女はしっかりと汲み取ってくれたらしい。
 頭を下げる私に、帰ってくる言葉は気遣いの言葉。
「無理はしないでいいよ。……辛いでしょ」
「……そんな、ことは……」
 鬱陶しかった。今すぐにでも怒鳴り返したいのを堪える。必死に自制を言い聞かせ、表情を変えぬように取り繕う。
「私の、個人的な都合ですから」
「それだけ、天野さんに大切だったってことだよね」
 ……それ以上語るな。
 貴方が、何も知らない貴方が、私の悲しみを勝手に語るな。
 これは私の苦しみだ。私だけの嘆きだ。貴方なんかに――無神経に触れられていいものじゃ、断じて、ない。
 あの子は、
 真琴は、
 私だけの――ものだ。
 誰にも触れさせなんかしない。
「そうやって泣いてるときは、普通、平気って言わないよ」
「……そんな、」
 泣いてなんか――いないはずなのに。
「だから、私でよかったら話してくれるかな」
 やめて。
 そう叫びたくなる声が。喉の奥で潰れそうになる。今の私は真琴を失って、あまりにも巨大な空虚を抱えているから、こんなものでも愛しく感じてしまうだけだ。
 何もかも錯覚。
 そうに――違いない。
「天野さん。……怖がらないで」
 けれど、そうだ。
 いつだって、ずっとずっと。彼女はこうして私に手を差し伸べてくれていた。
 喉が、かすれた音を立てる。
 4月の初め――誰一人知る顔のない職場に放り込まれ、意固地になって一人を貫き、愛想を振り撒く事もせず、淡々と上司の言葉に頷いていた私に、声を掛けてくれたのはこの人だった。
 私はそれを知りつつ、この人の手を払いのけ続けていたのではなかったか。
 それは――
 あの子が私にしてくれたことと、どこが違うのだろう。
「…………」
 いつしか私は話し始めていた。この街と、人と、あの子達にまつわる物語を。
 はじめて、助言を与える賢者としての役回りではなく――自分の言葉で。


 長い長い話を聞き終えて、彼女はやさしく微笑み、私の頭を撫でてくれた。
 まるで子供にするような、乱暴で遠慮のないしぐさ。とっさに拒絶し突き放そうとする私を、強引に押さえこむように。
 けれどそれは、わがままで意固地な私にはきっと相応しいもの。
 ……そんな風に思えてしまう自分がなんだか現金すぎて情けなかった。
「でもさ」
「はい?」
「不思議だね。偶然かもしれないけど」
「……なにが、ですか?」
「私の名前。その子と同じ“まこと”なんだよ」
「…………え」
 そうして、私は目を見開いた。
 いまのいままで、知ろうともしなかった彼女の名前が――職員用の名札に記されて彼女の胸に記されている。
「昔、親が離婚してね、引っ越す時に苗字が変わっちゃったんだけど」
 その名前を、彼女の言葉と繋げてみれば、
 そこには、

 さわたりまこと、という響きがあった。

 文字こそ違えども、相沢さんが膝の上で、あの子たちに聞かせた名前。
 焦がれてやまない、憧れの名前。私たちの全てを創りだしたひとの名前。

「……、ぁ、」

 ひとと、ひとの。
 おもいをつなぐ、あかいいとが。

 そこには確かに、繋がっていた。
「ぅ……ぁ。あ……っ……!!」
 枯れたと思っていた涙が堰を切ったように溢れ出す。今度こそはっきりと、私にも解るように。


 (続く)

いとたどり /14

 ▼

「――真琴、?」
 うっすらと差し込む柔らかな光が、瞼の裏を焼いていた。
 ほのかな明りが、瞼の裏を焼くように――痛い。
「ほら、朝ですよ?」
 白く染まる部屋の中に、穏やかな気配が満ちている。
 胸に吸い込んだ空気の暖かさに、ゆっくりと身体を馴染ませる。
「早く起きてください。今日はいい天気になりそうですよ」
 久し振りの日曜日。
 そう言えば、いつの間にか梅雨は明けていたのだろうか。
「ええ。せっかくですからピクニックに行きましょうか? 遊園地でもいいですよ。このあたりも大分変わりましたから、ショッピングも楽しいかもしれませんね。そう言えば前に約束しましたっけ。すっかり遅くなりましたけど、そうしましょうか? 真琴もいつまでも私のお古ばかり着ていてはいけませんからね」
 身体の横が、ぞっとするほどに寒々しい。
 空虚な傍らの空間を掻きむしる指先が、シーツに食いこんで皺を増やす。
「本当に、真琴はお寝坊さんですね……そんなことではダメですよ? お説教、です」
 ぽたぽたと、意志に反して――涙腺が壊れたように、涙がこぼれつづけていた。
 冷たいシーツに落ちた染みが、むなしく白に溶けてゆく。
 そっと伸ばした手のひらが、空洞の毛布に触れて――くしゃり、と潰れる。
「……ぁ、……」
 そうしてようやく、私は悟ってしまった。
 抱える毛布があまりにも軽く、あまりにも冷たいことに。空虚な手触りが、むなしく、悲しく虚空を掻きむしる。
 冷えた背筋が悲鳴を上げて、胸が焼け焦げるように、痛い。
「ま、こと」
 声が震えて、
 その名前を呼ぶことが、できない。
 冷えた毛布のなかの空虚をかき抱いて、ベッドの上に突っ伏した。
「なん、で……」
 堰を切ったように溢れ出す嗚咽。
 この時が来ることは解っていたはずなのに、私は心のどこかでそれが訪れることを受け容れてはいなかった。
 三度も起きた奇跡なら、もしかして――と。
 こんどこそ、この奇跡は永遠に続いてくれるのではないか、と。
 そんな妄想にすがっていたのだ。
「っ、うくっ……ぁ、ああ、あああああああっ、なんで、どうしてっ、どうして!!」
 もう一度帰ってきたあの子のために、すべきことはいくらでもあったはずなのに。
 それを何一つ、してはやらなかった。
 どうして。どうして。どうして。
 虚しい問いだけが響き続ける。
 もう、私の心は十分すぎるほど彼女達に蹂躙されているのに。
 こんなにも彼女達に焦がれ、そして憎んでもいるというのに。
 それでもなお、足りないとでも言うのか。こうして奇跡にすがり惨めに求め続けるがゆえに、私は苦しまねばならないとでも。
 真琴。
 あなたたちは、そんなにも私が憎いのですか。ほんの気紛れで想いを向け、人との触れ合いを教えてしまった私達が。
 他者を避け、心地いい過去に身を浸すだけの私が、そんなにも憐れなのですか。
「答えて。……だれか、答えて、よぉっ……!!!」
 茫洋とした意識のなかに。ふと浮かんできたものは。
 6年前、相沢さんのもとに現れた真琴が一番最初に口にした言葉。


 『許さない』
 という、一言だった。



 (続く)
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