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はるはる・10

 ▼

「えぐっ……ひぅ…あむっ……はぐっ」
「…………」
「…………」
「…………」
「あぐっ…はむ……あむっ……ずずっ……ぅわーーんっ!!」
 一人の涙声と、なんともいえない沈黙が食堂を支配していた。テーブルの上には湯気を立てる水炊きがくつくつ煮え、美味しそうな匂いを漂わせている。
 そんな中、涙を拭いながら一心不乱に鍋に向かう一之瀬さんの姿があった。
「なあ、景。……その、あれは喜んでいるのか悲しんでいるのかどっちなんだろうな? なんなんだこの罪悪感は」
「僕に聞かれても」
 実に実に微妙な空気が場を支配していた。天井に提げられた『がんばれ一之瀬さん』の垂れ幕の文字が哀愁を誘う。
 号泣しながらもまったく食べるペースの衰えない一之瀬さん。まるで何かの罰ゲームのような有様で、僕達は既に部屋の隅に集まってその様子を遠巻きに眺めるのみだった。
「何か苦手なものでもあったんじゃありませんか?」
「……一応、家事担当として住人の好みは一通り把握しているつもりなんだが。別段、無理に食べている訳でもないようだしな」
「えぅっ……ひっく……はぐっ、あむっ……っくんっ」
「何も言わずにあれだもんね。嫌々って感じじゃなさそうだけど」
 一之瀬さんは一心不乱に次から次へと箸を動かしてゆく。6人前ちかくあったテーブルの上は、はや半分以上片付き始めていた。
「大食い選手権の決勝あたりを彷彿とさせますね」
「あー、そうか。どこかで見たことあると思ったら。それだったんだ」
「暢気なことを言っている場合かふたりとも。いいのか放っておいて」
 頭を抱えつつ、夕がつぶやく。
「確かに。全然励ませてないよねこれ」
「結果的にはよかったのかも知れんが、過程がこれではダメだろう」
「でも、具体的になにかするんですか?」
「…………」
「…………」
「ずずっ……あぐっ、はぐっ、んむっ……っく……うぅ……うわぁーーんっ!!」
「うわ、また泣き出したっ」
「だからどっちなんだ一体……わからんぞっ!!」
 なんとも締まりのない状況のまま、特に劇的な変化もなく夜は更けてゆく。


(続く)
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はるはる・9

 ▼

「――と、言うわけで。どうだろうか。明日あたり」
 説明を終えて、夕は一同の顔を見回す。
 場所は先日発見した西館の屋根裏部屋。住人たちを集めて秘密の話をしたいという夕の要望により、会議の場所はここが採用された。額をくっつけあうようにして車座になり、ロウソクの明かりのなかで僕達は互いの顔を見合わせる。
 栄えある第一回の議題は、先日の模試以来すっかり塞ぎこんでいる一之瀬さんをどうにかしよう、というものだった。
「確かに、いつまでもアレじゃ本当に6年目突入だね。励ますっていうのは賛成かな」
「ふむ。それで鍋か。俺は美味いものが食えるなら構わんが。なあ娘」
「四捨五入して30になる一児の親が未成年に食事をたかるのは人としてどうかと思います」
「ははは。そう褒めるな」
「誰も褒めてないです。あと勝手に頭を撫でようとしないでください。悲鳴あげますよ」
 相変わらず幹也さんには辛辣な芽衣ちゃんではあったが、一之瀬さんを励まそうというアイディアそのものには賛成の様子。
「反対……はないようだけど。ゆゆさん、準備はどうするの?」
「鍋やたコンロやらは物置を漁ればいくらでも出てくるはずだ。元が旅館だからな。昔、祖父に連れられて見たことがある。問題は材料の方だが」
 腕組みをして、夕は吐息をひとつ。
「……流石に山菜だけじゃ味気がなさすぎるだろう。楓さんにも協力をしてもらっていくつか当てはつけてあるが、心もとないのは確かだ」
「簡単だ。葛原の爺さんに話して配給所に連絡をつけて貰えば」
「ん。……でもあまり大事にはしたくないかな。そうそう甘えてばかりもどうかと思うし」
 確かに葛原翁なら喜んで手伝ってくれるだろうけど、一之瀬さんを励ますのに人頼みになるのはあまりしてはいけないことのような気がする。
「お固いな少年。人間楽をしないと擦り切れて死ぬぞ?」
「楽をしたまま飢えて死んでください。では、各自が出来る範囲で材料を調達する――ということでどうでしょうか?」
「……だね」
「ああ」
 芽衣ちゃんの提案は一番無難に思えた。たとえ大したものでなくても、それはやっぱり僕たちがしなければいけないことだろうから。
「では――明日の夕方までに手に入りそうなものを私まで教えてくれ。献立はそこで考える」
「頼むね、ゆゆさん」
「ああ。任せておけ」
 気合いを入れて胸を張る夕。これは明日の夕食は今から楽しみだ。
「社長と鈴音にも声を掛けておこうかな。もし間に合うなら手伝ってもらうよ」
「うむ。こういうのは大勢の方がいいもんだぞ、少年」
「偉そうな態度だけは一人前ですね」
「当たり前だ。俺はお前の父親だぞ、俺の娘」
「……今日ほど遺伝というものを恨めしく思ったことはありませんでした……」
「いや、そこまで本気で悔しそうに言ってやるな芽衣さん。……ああほら、幹也さんも泣いているぞっ!?」
 相変わらずふたりの対処に慣れていない夕を尻目に、さてどうしよう、と僕は思案をめぐらせるのだった。


(続く)

はるはる・8

 ▼

「時に少年、つかぬ事を聞くが」
 炬燵に入ってミカンを二つ食べ終えて、ぬくぬくとまどろんでいた夕食後のひととき。僕の隣に座った幹也さんは灰皿を引き寄せながら言う。
「そろそろクリスマスだが、なにか予定はあるか?」
「いや、別にこれと言って。ゆゆさんといちゃいちゃして過ごすくらいしか」
「……なるほど。若く燃え滾る青少年らしく実に不健全で結構。ということで金をくれ」
「あげませんてば」
「なに!? ふざけるな貴様!! 何様のつもりだ!!」
「そこは切れるとこじゃないと思いますが。とにかくダメです」
 ぬっと差し出された手のひらを払いのけ、僕は天板の上に頬をくっつける。ひんやりとした板の感触が心地よい。
「第一、幹也さん一応は社会人でしょう。僕にたかってどうするんですか」
「そう言われても無いものは無いからな」
 実に気負いも無く煙を吐き、言い放つ幹也さん。いっそ清々しいほどの開き直りぶりだった。
「まあ聞いてくれ、少年」
「嫌です」
「俺も今年で26だ。……つまりは俺の娘も11歳になるわけだ」
 一応これ以上ないくらいはっきり拒絶したつもりなのだけど、幹也さんは構わずに話し始めていた。概ね僕の意見は無視される方向にあるらしい。
「流石にこうも毎年毎年甲斐性なしのままでいるわけにはイカンと思うのだ。娘のクリスマスにプレゼントひとつ贈れずして何が父親かと。……まあ、つまりは昨日そんなふうに嫁に怒られる夢を見たわけでな」
「はあ……なるほど」
「あんな夢、ここ数年見たこともなかったんだが……最近俺の娘も随分嫁に似てきた気もするんだ。そのせいかもしれん。
 今さらではあるが、少しは真面目にならなきゃマズいと思ったわけさ。朝帰りしてばかりで説得力はないが」
 ロクデナシが服を着て生きているような幹也さんでも、弱いものがあったってことなのだろうか。あんまり詮索したことはないけれど、僕と10歳も違わないのにもうあんなに大きな子供を持つ、と言うのは大変なことだろう。
「――まあそれとは全く関係なく借金がかさんできてな。当てもないし明日までに返さんとやばい。具体的に言うと腎臓とかかたっぽな。なので金をくれ少年」
「嫌です」
 まあ、大体そんな感じに、僕の周りはいつもどおり平和なのかもしれない。


 (続く)

はるはる・7

 ▼

「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーー……」
 まるで幽霊が嘆き悲しんでいるような嗚咽が、食堂のから漏れ出していた。何事かと思ってドアをのぞくと、そこには壁に張りついてこっそりと中の様子を窺う夕。
「……どうしたの?」
「いや、彼女だ」
 視線の先を追えば、テーブルに突っ伏して悶えているどてら姿の一之瀬夏海さんの姿があった。
「どうも、今日先日受けてきた模試の結果が届いたようなのだが」
「ああ、なるほど。予想以上に思わしくなかったってオチかな。……落ちちゃ困るわけだけど」
「誰がうまいこと言えといった」
 ぺしり、と後頭部に夕のツッコミが入る。
 その間にも一之瀬さんの嗚咽は続いていた。瓶底のような眼鏡の内側を涙で大洪水にして、派手に鼻をかみながら、わんわんと泣き続けている。
「あー、ええと、一之瀬さん?」
「もうだめ……死ぬわ、死んだほうがいいのよ明日くらいに。わたしみたいなアホの子はどうせ何年経っても合格なんか無理なのよ……浪人のまま一人寂しく老後を送っていくの……自分の人生いったいなんだったんだろうって思いながら……」
 ひとりでぐるぐると思い悩みながら、一之瀬さんはどんどんと沈んでゆく。
「末期的だねぇ」
「悠長だな君は。……放っておくわけにもいくまい。いまいち頼りにならない気もするが景、うまく励ましてやってくれ。その間に何か作ってくる」
「うん、了解」
 どうやら夕もこの雰囲気には耐えられないらしい。確かに病は空腹から、何かおなかに入れば少しは変わるだろう。
 アイコンタクトを返すと、僕は夏海さんの隣に歩み寄って椅子を引く。
「ほら、元気出して。別に今回が本番ってわけじゃないんだよね。だから気にすることないって。むしろその前に弱点とかやるべきことが見つかったってことだよ」
「うん……そうなんだけどね。もうどれこもこれも大惨事だし、一体どこから手をつければいいってのよぅ……」
「ああほらほら、落ち込まないっ!! 起き上がって! 涙を拭いて!! そう。ぐっと胸を張って前を見て!! そうだよ。そんなに落ち込んでたら4年目もおんなじ結果になっちゃうかもしれないしさ」
「励ましてくれてありがとうだけど、ごめんもうわたし4浪なんだよね……あは。あはは………」
 …………。
 ……おや、ますます空気がどんよりと。不思議だ。
「あはははは……そうよどうせわたしはこの社会からも卒業的ないまま今年で人跡未踏の23歳を迎えちゃう人間としてできそこないなのよぅ……もうお肌の曲がり角も目の前……あはは……死のう」
「………えーと」
「景。……君は実にダメだな」
 ココアを持って戻ってきた夕が、実に冷たい視線で僕を見ていた。


 (続く)

はるはる・6

 ▼

 隙間風が、刺し込むような冷たさを運んでくる。蛇口から凍るような水で顔を洗ってもいまいち目が覚めず、僕はスリッパを引きずって廊下を歩く。
 あくびを飲み込んで角を曲がれば、ちょうど玄関で芽衣ちゃんが靴を履いているところだった。灰色の制服はシワひとつなく、背中で革の鞄が揺れ、スカートのプリーツは綺麗に翻る。
「おはよう芽衣ちゃん」
「おはようございます景お兄さん」
 指先をそろえての丁寧なお辞儀。肩でそろえられた髪がさらりと爽やかな香りを運んできた。。
「今日も学校? 大変だね、毎日」
「はい。これでもわたし、優等生ですから」
「そっか。偉いね」
「はい」
 控えめな笑顔で頷く芽衣ちゃん。
「よし、僕が褒めてあげよう」
「結構です。景お兄さん」
 思わず頭のひとつも撫でてあげたくなったけれど、実にあっさりと笑顔で拒絶されてしまった。本当によく出来た娘さんだと思う。
「では、行ってきます」
「ん、いってらっしゃい」
 もう一度、ぺこりとお辞儀をして去ってゆく芽衣ちゃんの背中を見送って手を振る。
 と、背中のほうで階段の軋む音。
「……よぅ。早いな少年」
「おはようございます。幹也さんはまた朝帰りですか?」
 振り返れば、目の下に隈を作ったむさくるしい姿が二階から降りてくるところだった。くたびれた背広にもう何日着たきり雀かもわからないようなよれよれのシャツ。顎にはちらほらと無精ひげを散らし、ぼさぼさの頭を掻き毟る。
 漂うアルコールとタバコの残り香は、さわやかな朝にはあまり相応しくない。
「ああ、まあ一応、昨日中には帰ってきてたぞ」
「へえ、気付きませんでした。何時ごろです?」
「27…8……9時、すぎ、くらいだな」
 立派に朝帰りだった。それがどうして二階から降りてくるのかと思えば、
「ちっとな、一之瀬の嬢ちゃんのところで迎え酒をな。
 ……ところでつかぬ事を聞くが少年。俺の娘はどうした?」
「さっき学校に行きましたけど」
「ぬ。小癪な。父親を置いてなんてことを。
 ……いい加減寝たいんで部屋に戻ったんだが、鍵がかかっていてな」
「でしょうね」
 確認するまでもなく、芽衣ちゃんが戸締りもせず出かけるはずがなかった。
「……入れないじゃないか」
「スペアキーはどうしたんです? 前に夕が貸したままですよね」
「ああ、あれな。どこかで落としたらしい」
 さらりと随分深刻なことを言う人だ。実によく出来ていない父親だなぁとしみじみ思う。芽衣ちゃんと並べてみると、遺伝の法則なんて嘘っぱちじゃないかと思えてくる不思議。
「うむ。すこぶる眠いのでとりあえず少年、お前の部屋を貸せ。寝る」
「さも当たり前のように言いますね」
「うむ。まあな。……褒めてもいいぞ?」
「褒めませんてば」


 (続く)
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