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幻燈館日々随録〇〇四

 ▼

 ――帝都において、新たな四半節季は、嘘と共にやってくる。

「という訳で今日は嘘をつく日だな」
「……別に義務でするもんじゃないでしょうに」

 何が楽しいのやら、店に入るなり売り物の椅子を占領して理々は笑う。胡坐をかいてにまにまと歯を覗かせる様は、帝都大学に通う才媛にはあまりに似つかわしくない。

「あいっ変わらず無愛想だなお前は。客商売だろうに、そんなんでよく務まるな?」
「嘘吐いておなかが膨れるならいくらでも付き合ったげるわ。それにね、そんなことしてる暇ないの」
「そんなこたないだろ。閑古鳥の鳴き声くらいしか売り物ないくせに」
「あのねぇ。見れば分かるでしょ? 忙しいんだってば。あんたの相手してる時間なんかないのよ」

 顔を上げ、帳簿と計算尺を示して見せると、理々はとたんに顔を青ざめさせた。

「……あ、いや、すまない遊乃。……反省してる。全面的に私の責任だ。……一応、悪気はなかったんだけどな。まさかそこまで追い詰められてるなんて思いもしなかった。まさかそいつが精一杯の嘘だったなんて、察してやれなかった私が馬鹿だった」
「違うわよっ!!」
「いや、でも流行ってないのは本当だろ?」
「うるさい黙れ同情するな」

 目を潤ませながら頭を撫でようとする理々の手を跳ね除ける。
 まったくもって失礼極まりない。

「いいんだ、素直になれ遊乃。四月馬鹿だからってもう嘘なんか吐かなくっていい。腹減ってるなら飯ぐらい奢ってやるぞ?」
「いちいち癪に触る勘違いするわねあんたは。
 ……今日から次の四節季でしょ。在庫整理してるだけよ」

 いくら、ここが客足の少ない古物屋だからといって、年が明けてこの三月、まるで何も売り買いがないという訳でもない。
 それを聞いてなぁんだ、と詰まらなそうに納得した理々は、ひょいと椅子から飛び降りる。

「仕方ない、ここで遊乃をからかっててもしょうがないし、ちょっとは講義にでも出て寝るか」
「あ、ちょっと待ちなさい理々」
「ん?」

 非常に大事なことなので呼び止める。

「……ところで、いまのご飯奢ってくれるって話、本当よね?」
「もちろん嘘だ」



 (続く)
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幻燈館日々随録〇〇三

 ▼

 ――帝都において、初春の足音は七種とともにやってくる。

「ふう。おなか一杯」

 食後のひととき。満足にお茶を啜って一息。なによりも幸福な時間。
 四半合で心ゆくまで胃を満たせる幸せを噛み締めているというのに、理々はえらく辛気臭い顔をしていた。

「なによ?」
「不憫な……」

 理々ははらはらとこぼれる涙を拭う。

「……喧嘩売ってるのかしら?」
「ああ待て落ち着け他意はないぞ他意は。遊乃がこんな時くらいしか腹いっぱい食えないくらいに困窮してるのが哀れでならないだけだ」
「同乗するならお金頂戴」

 同情と同情を掛けたゆにーくな弁舌。……の積りだったが理々はさめざめと涙をこぼすばかり。

「……なんてことだ。貧乏はここまで人を荒ませるのか……悲しいな」
「ああもう泣かないでよ、鬱陶しいっ」

 なぜに私が哀れまれねばならないというのか。
 一気にお茶を飲み干して、たぽたぽと揺れるおなかをさする。

「そうだ遊乃、この際だから秋の七草も粥にしてみたらいいんじゃないか? そうすれば年に2回腹いっぱい食べられるぞ。うん。そうだ、そうしすればいい。……な?」
「……私にススキやらオミナエシ食べろっての? あと泣き腫らした顔で抱きつかないで鬱陶しいから」
「なに、成せばなるって。できるさ遊乃なら。私が保証してやる」
「爽やかな顔で期待されるとソレはソレでえらく腹立つわね……」

 あと肩を叩くな。励ますな。

「さて……、そこでものは相談だが遊乃」
「なに?」
「台所貸してくれ。流石になんも食べんとこっちも堪える」

 そういえば、結局理々は全然手をつけていなかった。彼女のぶんまで私がたいらげたので当たり前だが。

「何作るの?」
「適当に餅でも焼くさ」
「じゃあ、安倍川と磯辺、三つずつお願いね」
「まだ食うのかッ!?」
「もう。ちゃんとお金払いなさいよね?」
「まて、なんだそのいかにも私の方が迷惑掛けたみたいな流れは」
「……まったくこれだからあんたは放っておけないのよ」
「聞け遊乃、おいッ!?」

 かくして、今年の正月も終わってゆく。



 (続く。)

幻燈館日々随録〇〇二

 ▼

 ――帝都において、冬の日常は七種の香りとともに戻ってくる。

 ことことと焜炉の上で湯気を立たせる鍋を前に、塩を削ってひとつまみ。
 包丁と俎板を片付け、暖めておいた茶碗をふたつ、卓袱台に。

「なあ、しかし思うわけだが遊乃」
「なによ」
「こういう時のマメさをもう少し普段に活かしたらどうだ?」
「嫌よ面倒臭い。第一、集りに来てるあんたが言えた口?」

 芹、薺、御形、繁縷、仏の座、菘に蘿蔔。
 七種粥をよそった茶碗を受け取り、理々はなぜか苦い顔。

「言っとくが、今日が七種だなんて覚えてたらわざわざ一限目サボってまで来なかったぞ?」
「あら、そうなの?」
「私は洋食派なんだ……できるならこういうのは食いたくないほどにな」

 うー、と眉を寄せつつ、箸でちょんちょんと粥をつつく理々。

「意外ね。……お代わり」
「早ッ!?」
「ほとんど水みたいなものじゃないの。一杯じゃ足りないわよ、普通」
「確か、暮れ正月のご馳走三昧でくたびれた腹を思いやる行事じゃなかったっけか、こいつは」
「……はッ。この家でそんなもん食べれるとでも思ってたの? 短慮ね」
「勝ち誇るところじゃないだろそこは」
「食べないなら置いといて。片付けちゃうから」

 すでに箸まで置いて、まるっきり食事を諦めたらしき理々をよそに、私は熱々の3杯目をよそう。そろそろ梅干の1つも欲しくなるところ。

「はふ。あむっ……ふー、ふー……」
「……しかし、何か食べてるときだけは幸せそうだな、お前さんは」
「失敬ね。人をそんな安い女に見ないで。お金が貰えるならもっと素敵な笑顔よ」
「なお悪い」
「まあ、美味しいものが食べれるのに越したことはないけどね」
「そんなに好きなのか?」

 片眉を跳ね上げて聞いてくる理々。
 無論答えは決まっているのだ。

「まさか。嫌いじゃないけど好きでもないわよ」
「の、割にゃえらくがっついてるようだが?」
「だって、今日くらいじゃない。堂々と道端の雑草で炊いたお粥食べても誰にもとがめられないのって。お米少ないのも隠せるし。一石二鳥よ♪」
「…………えーと……」

 しばし沈黙。

「…………」
「…………」
「いいから黙って食べなさい」
「……おう」



 (続く。)

幻燈館日々随録 〇〇一

 ▼

 ――帝都において、冬の寒さは低い朝日とともにやってくる。

 師走ともなれば、鉄鋼所の吹き上げる蒸気の煙も空高く、電波塔の電飾広告もかすむほど。吐く息を抑えて看板を裏返し、店にとって返して蒸気ストーブに火を入れる。
 およそ八坪ばかりの狭い店でも、拾い物の暖房では温まるまでは1時間。
 菊花堂のお饅頭などを片手に、淹れたばかりの煎茶をすすってそれまでの時間を潰すのが、このところの日課だった。

「よ、邪魔するぞ」

 がらりと戸を開けるのは、見慣れたいつもの顔。
 ブラウスの上からベスト、カフス釦の光る上着、すらりとしたズボンにぴかぴかの革靴まで履いた――帝劇の男役も斯くやとばかりの男装を、実に凛々しくも男前に着こなした女の子。
 名を、十笹倉理々という。

「なんだ。今日は早いんだな、遊乃」
「……毎日きちんと起きてないみたいな言い方はやめてくれる?」
「違うのか?」
「心底意外そうな顔するな腹の立つ」
「ま、確かにお前じゃ半分冬眠してるようなもんだよな、この時期は」

 構わず店の中にずかずかと入り込んできた理々は、寒い寒い、とわざとらしく身震い。
 頭の後ろで無造作に括った、祖母譲りだという艶やかな銀髪は、今日も強い癖をもってぴんぴんと自己主張。まるで本人の気性をそのまま象るかのようだ。

「お、なんだ、気が利くじゃないか」
「あげないわよ」

 目聡くお茶と茶菓子に目を付けた理々の手をぺしりとはたく。

「欲しけりゃ自分で淹れなさい」
「ちぇ。吝嗇んぼめ。……しゃあない。台所借りるぞ」
「その図々しさはたまに見習いたくなるわね」
「何を言うか。これでも郷里じゃ何事にも控えめで奥ゆかしいって評判だったんだぞ?」
「……あんたの田舎にだけは行かないよう気を付けるわ」

 嘆息と共にお茶を啜っていると、理々も自前の湯飲みを抱えて店に戻ってくる。
 口にはちゃっかりとお饅頭をひとつくわえていた。

「ねえ、理々」
「んんむ? んぐんむぐむ?」
「食べるか返事するかどっちかにしなさい」
「……………………(はむはむ)」

 ずだん、とテーブルを叩いた。

「一心不乱に食べるな聞け」
「んぐ。……なんだよ五月蝿い奴だなぁ」
「心配してんのよ。いいの? こんなとこでサボってて。また落第するわよ?」
「あんなくだらない講義、いちいち金払ってまで聞いてやる義理はないだろ」
「だったら大学なんてやめりゃいいじゃないの。勿体無い」
「それが出来りゃ世話は無いな」

 世の中、いろいろ難しいんだ、などと知った風な顔で語って。理々ははむり、と残るお饅頭を口の中に放り込んだ。



 (続く?)




 微妙にキャラをリファインしてみる試み。

幻燈館の午後・その36

 ▼

 ――帝都の兵(つわもの)は、靴音と共にやってくる。

「しかし、そんなに眠けりゃ寝てりゃいいだろうに。無理なんてお前らしくないな。……ああ、別にこの店が潰れても構わないって言いたいわけじゃないぞ? そりゃまあ、寝泊り出来るところがあるのは重宝するがな」
「言ってるじゃないの。ほら、邪魔邪魔」

 片目を閉じて万華鏡を覗き込んでいる理々を嗜め、店先の案内板を『OPEN』へと裏返してカウンターに座る。

「なんなんだ? 邪魔に成る程混んで無いだろうに」
「理由が知りたきゃ見てなさい。そろそろ来るから」
「……? 何がだ?」
「――御免!」

 首をかしげた理々の言葉にかぶさるかのように、凛とした挨拶が響く。
 きっかり1秒、ドアを押し開けて現れたのは、もうすっかり見慣れた顔。

「お邪魔する。店主殿は御在宅だろうか?」
「いらっしゃい。今日も早いのね」

 濃灰の軍服を纏った、見惚れるようにまっすぐな姿勢。短い髪を白桃の髪飾りでまとめた帝国軍人の彼女は、びし、とした姿勢で九十度に身体を折り曲げ一礼する。
 そうして彼女――この夏以来すっかり常連となった帝国陸軍少尉、見目麗しき軍務婦人の日和見日和(にわみ・ひより)嬢は店に踏み入り、理々の姿を見てぴたりと足を止めた。

「……おお、先にご来客があったか。これは失敬した。出直そう」
「ああ、待って待って。こいつはただの知り合い。客じゃないわ」

 そのままくるりと回れ右をしようとする彼女を慌てて呼び止める。
 理々がなにやら不満そうな顔をするが、

「おいおい、遊乃? なんだ、今朝も飯作ってやった相手に対してこの扱いは?」
「文句はちゃんとお金落としてから言って頂戴。どいてどいて」
「おぉう?」

 しっしっ、と理々を追い払い、カウンターの前を彼女に譲らせる。
 日和嬢はどこか緊張した面持ちで、椅子に座った。

「う、うむ。忝(かたじけな)い。では、失礼するとしよう」
「今日はどうするの?」
「無論、一昨日と同じだ。ありったけ頼む」
「いいけど、高価いわよ?」
「構わん! たとえ未熟なる身であろうとも、この身が如何(どう)なろうと、自分は全身全霊を持ってあの方にお仕えする所存!! 後悔など無い!!」
「……ご贔屓、感謝するわ」

 力強く言い切った彼女は、まるでこれから自害するかのような悲壮な表情で、どさりとカウンターの上に壱千圓硬貨を積み上げたのだった。



 (続く。)
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