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文字と絵と

 東方のネタ帳を作ってずいぶん経ちますが、久々に読み返してみると、つくづく文字で表現しづらいネタばかり。
 これは多分、二次創作のうち読んでる物の大半が漫画であるのも関係あると思いますが……「文字ならではの表現」ができるようになるにはもっと小説やゲームの入力を増やさないといけないかもしれません。

 そしてここ最近、つくづく自分の書く文章が悪文になってて凹みます。
 悪文というよりも、一行前の文章と次の文章の繋がりがぶった切られている感じというか。読み直してて「この描写の次になんでこんな文章が挟まるの?」みたいな。
 意識してないと守矢神社の日常描写の隣に日本神話における人間発生の特殊性とか全然関係ないこと書いてたりして、ちょっとこう自分の頭の中身に疑問を抱きたくなることも。無意識ってレベルじゃねーぞ。

 下手糞だった部分はあるけど、昔の方がまだ全体の流れとしてまとまりのある文章を書けてた気がするんですよねぇ……。
 今の書き方って、むしろ書けば書くほど悪い癖をつけちゃってるだけなのかも。ううむ。
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創作について

 ここの日記に比較的穏当というか、当たり障りのないことを書くようになって数年がたつ。
 昔の日記はもう少し自分のあれこれをさらけ出していたような気がするけど、最近じゃイベントに行ったとかゲーム買った以外のほとんどのプライベートは伏せるようになった。
 その原因が「いろいろ喋りすぎちゃったせいで大炎上」みたいな事件を見てきたせいなのは想像に難くない。
 実際、今でも十分とは言えない気もする。

 そして、それと同じくらい自分の創作、書いた話について、書こうとしている話についてもコメントを避けているような気がするのが、たまにもどかしくなる。
 出来上がってもいないものをあれこれ話すのはカッコ悪いと思って自重しているつもりなんだけど、むしろそんな妄言や妄想は、頭の中で燻ぶらせておかないで、どんどん形にして晒しておいた方がいいんじゃないかと。
 それをきっかけに何かを思いつくこともあるだろうし、誰かの目に留まることもあるかもしれない。

 少なくとも自分の頭の中、メモ帳の中にあるだけじゃそのまま放置されるか、忘れられておしまいなんじゃないだろうか、と思えてならない。

 でもそれで考えを改めて実行するかというと、それはそれでまた違うんだよなあ。
 参ったもんだ。

新刊表紙

C78表紙

 紙質にこだわってみたりした今回の表紙。
 そこそこ目を引けるように作れたかなーと思う。

書けども書けども

 ここ数年、昔に比べて文体が回りくどくなったというか、意味もなく形容詞を重ねるくせがついてしまったようだ。
 ついでに、文を区切らずに読点で文章を繋げまくるくせもついてしまった。
 そして毎年ひどくなる長文傾向。これらが相まって、ふと我に返って読み返すと、恐ろしく読みにくいものを書いていたりする。
 矯正しようとあれこれ努力しているものの、気を抜くとすぐに元に戻ってしまう。
 自分の味で済むならいいけど、ただの悪文じゃしょうがないよなぁ。

 プロットを引いてモノを書くこともやっと覚えた。けど、もともと決めておいたシーンの展開を繋げようとするあまり、途中の文章がものすごく適当になっていることも多い。
 脊椎反射どころか、指の神経だけで書いたんじゃないかというような文章もちらほら見られたり。

 きちんとした技量を磨いてきた人に比べたら、自分の経験なんて無いも同じなんだなあと思った。

大空を飛ぶ

 いやはや。本来人間には備わっていない機能を書くってのは本当に難しい。
 そもそも私程度の筆力じゃ立つ歩く話すのごくごく普通の動作すら満足に書けてるか怪しいものだというのに、幻想少女たちは当たり前のように、空を飛ぶ。

 風を切って、空を舞って、眼下に人里を見下ろして、それが素晴らしいと思えるように、でも日常でもあるように、書いて削ってを繰り返しております。
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